コラム

財源や安全保障だけではない...政府の「NTT株売却」問題が、「国民生活」にも大きく関係する理由

2023年08月23日(水)11時42分
NTTの看板

ISSEI KATO-REUTERS

<防衛費の増額のための財源として有力視されるNTT株の売却論だが、単純に財源と経済安保だけで判断していい問題ではない>

政府が保有するNTT株の売却論が、自民党内で急浮上してきた。岸田政権は防衛費の増額を決定しており、財源の1つとして同社株の売却益が有力視されているが、党内の一部からは、経済安全保障の観点から株式の放出は慎重に行うべきとの意見も出ている。

日本の基幹通信網を保有する同社株の売却については、財源と安全保障のみならず、産業政策の在り方や国民の生活水準維持など論点は多岐にわたる。答えを出すのは簡単ではない。

現在のNTT法では、同社の発行済み株式数の3分の1以上を政府が保有するよう義務付けており、現時点での金額は約4.7兆円となっている。

売却論の背景となっているのが防衛費の増額問題である。政府は防衛費の増額を決定したものの、財源は必ずしも明確になっていない。自民党内では同社株の売却益を財源に充てるプランが以前から検討されており、今月、初会合を開いた党内のプロジェクトチームを通じて、議論を本格化させたい意向だ。

例えばNTT株を20年かけて売却すれば、単純計算で年2400億円程度の財源となり、防衛費増額分の一部をカバーできる。だがNTTを完全民営化すれば、自由に株式を売買できるようになるため、外国資本に買収されるリスクが高まる。

1985年の民営化当時と今ではビジネス環境が激変

NTTは日本の基幹通信網を保有する企業であり、防衛費増額の原資を捻出する代わりに通信インフラ買収という安全保障上のリスクを引き受けるのは本末転倒との指摘には一理ある。

だが株式の売却を議論するに当たって整理しておくべき点はそれだけではない。同社は1985年に民営化が行われたが、当時と今とでは日本経済の状況や同社をめぐるビジネス環境は大きく変化しており、民営化そのものの目的についても再度、議論が必要な状況となっているからだ。

同社の前身である旧電電公社の民営化は、国鉄改革など、いわゆる行政改革の一環として実施されたものである。当時の日本経済には勢いがあり、民間にできることは民間に任せ、自由な競争環境を整備したほうが最終的な国益は大きくなるとの判断だった。

だが民営化後のNTTグループの海外戦略はことごとく失敗。総額で2兆円以上の資金を投じたもののほとんど成果を上げることができず、国内の携帯電話メーカーがほぼ全滅するというありさまだった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、関税収入で所得税撤廃も

ビジネス

伊銀モンテ・パスキの同業買収、当局が捜査=関係者

ビジネス

欧州委、ブラックロックとMSCのスペイン港湾権益買

ビジネス

午前の日経平均は小反落、手掛かり難で方向感乏しい
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story