コラム

「残業100時間」攻防の茶番 労働生産性にまつわる誤解とは?

2017年03月21日(火)17時33分

Issei Kato-REUTERS

<残業時間の上限規制に関する労使交渉がひとまず決着したが、これでは状況は改善されない。長時間残業の根本的な原因のひとつは日本の低い労働生産性だが、単純に労働時間を減らせば済む問題ではない>

働き方改革の目玉のひとつとなっていた残業時間の上限規制について、最終的に「月100時間未満」とすることで労使の合意が成立した。本来であれば、長時間労働はどこまで認められるべきなのか、幅広い議論が必要なはずだったが、政府は具体的な基準作りを労使交渉に丸投げ。労使は「100時間」なのか「100時間未満」なのかをめぐって交渉を続けるという不毛な結果に終わった。

「労働時間を減らすと企業の利益が減る」という考え

日本では労働基準法などで法定労働時間が決められており、原則として1日8時間、週40時間を超えて仕事をさせることはできない。しかし、この法体系には抜け穴があり、労働者と企業が協定を結んだ場合に限り、法定労働時間を超えて働かせることができた。これがいわゆる36協定(サブロク協定)である。

電通の過労自殺事件などをきっかけに、協定の存在が無制限残業を強いる原因になっているとの批判が高まり、政府は上限見直しに着手することになった。だが、労働時間に対する経営側と労働側の隔たりは大きく交渉は難航した。

経営側は繁忙期については月100時間の残業を認めるよう強く要望したが、労働側は「論外だ」として強く反発していた。その理由は、日本では月100時間(もしくは2~6カ月の平均月80時間)の残業が過労死の認定ラインに設定されているからである。

過労死の認定ラインを100時間に設定しておきながら、労働法制では100時間の残業を認めるということでは、法体系として整合性が取れなくなってしまう。だが100時間という数字について経営側は譲らず、最後は「以内」か「未満」かをめぐるメンツの争いとなってしまった。結局、安倍首相が労働側の顔を立てる形で「裁定」を下し、茶番劇は終了した。

最終的に100時間「未満」になったものの、100時間という数字が目安になることは間違いなく、従来と比較して状況が大きく改善されることはないだろう。

【参考記事】このままでは日本の長時間労働はなくならない

日本の職場が慢性的な長時間労働になっており、改善の必要があることは多くの人が認識している。だが現実に長時間残業はなくならず、今回の交渉でも画期的な決断は行われなかった。この問題を解決できない最大の理由は、日本では労働時間を減らすと企業の利益が減ってしまうと多くの人(特に経営側)が考えているからである。そして、この問題と密接に関係しているのが労働生産性である。

日本の生産性の最大の問題は労働時間ではなく付加価値

長時間残業がなくならない根本的な原因のひとつが、日本の低い労働生産性である。労働経済白書によると日本の実質労働生産性は先進諸国の中では突出して低く38.2ドルしかなった。これは米国(59.1ドル)やドイツ(60.2ドル)の3分の2である。

生産性の低さが長時間労働の元凶という主張に対しては、労働時間が長いのだから生産性が低くなるのは当然であるといった批判の声も聞かれる。労働生産性は付加価値を総労働時間で割って求められるので、分母である総労働時間が長ければ生産性が低くなるというのは確かにその通りである。

では労働時間が長いのだから、単純に労働時間を減らせばよいのかというとそうはならない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネスなどの分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『スタグフレーション』(祥伝社新書)、『本気で考えよう! 自分、家族、そして日本の将来』 (幻冬舎新書)など著書多数。

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