コラム

ヘリコプターマネー論の前に、戦後日本のハイパーインフレを思い出せ

2016年07月26日(火)16時02分

 日本がハイパーインフレ(ハイパーインフレの定義は様々だが、ここでは制御不能な激しいインフレのことをそう呼ぶ)に陥ったのは、太平洋戦争の終了直後のことである。太平洋戦争で使われた戦費はあまりにも膨大(GDPの約9倍)で、税金で徴収できるようなレベルではなかった。このため戦費のほとんどは、政府が国債を発行し、日銀がこれを直接引き受けることによって賄われた。まさにヘリマネのスキームそのものである。

【参考記事】ジンバブエの旗とハイパーインフレ

 終戦直前の1945年には日本の政府債務のGDP(国内総生産。ただし当時はGNPだった)比は200%を突破しており、当時の日本経済の体力で、この水準の財政を維持することは不可能だった。また空襲などによって日本国内の生産設備の多くが生産能力を失っており、極端なモノ不足に陥っていた。

 日銀が際限なくマネーを供給し、通貨の価値が下がっているところに、極端な供給制限が加われば、物価が急騰するのは当たり前である。戦争中は政府が国家総動員法を用いて強引に経済統制を行っていたので表面化しなかったが、終戦と同時にインフレが爆発した。

 1934年から1936年の水準と比較すると、国内の小売物価指数は約180倍に高騰している。約15年で物価が180倍なので、年率換算すると40%強のインフレということになる。一連のインフレによって大量の預金を持っている富裕層はその資産のほとんどを失ってしまった。

 ちなみに、現時点における日本の政府債務(地方分含む)のGDP比は200%を突破している。債務残高という点では、ハイパーインフレを引き起こした太平洋戦争末期と同水準である(図)。当時と現在とでは日本が置かれた状況は異なるが、ヘリマネが話題となるこのタイミングにおいて、債務水準が同じになっているというのは少々気になるところだ。

kaya160726-chart.jpg

その日は突然やってくる

 筆者は、太平洋戦争末期と債務残高が同水準なので、日本もハイパーインフレになると短絡的に主張したいわけではない。現在の日本経済は当時よりも基礎体力があり、この状態でヘリマネに突入しても、すぐに通貨の信認が損なわれるわけではないだろう。

 だが、当時の日本と今の日本を比較すると、債務の水準以外にもいくつかの共通点が見られる。当時は、大量の国債発行で市中にマネーが溢れていたことに加え、戦争による被害で供給制限がかかったことがインフレの引き金となった。だが供給制限の原因は直接的な戦争被害だけではない。

 戦争によって若年層の人口が減少したことや、軍事用途に資金を強制的に配分した結果、それ以外の設備の更新が遅れ、企業の生産性が低下していたことも、供給制限の大きな要因となっていた。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネスなどの分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『スタグフレーション』(祥伝社新書)、『本気で考えよう! 自分、家族、そして日本の将来』 (幻冬舎新書)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米化石燃料発電、今後2年に拡大へ データセンター急

ワールド

キューバ外相、中ロと個別に電話会談 トランプ氏圧力

ビジネス

ホンダ株が急落、初の通期赤字転落を嫌気 5月の中長

ビジネス

トランプ政権、カリフォルニア州をガソリン車廃止規制
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車整備は収入増、公認会計士・税理士は収入減
  • 3
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃に支持が広がるのか
  • 4
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 5
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 6
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 7
    2万歩でも疲れない? ディズニー・ユニバで足が痛く…
  • 8
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 10
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story