コラム

アベノミクス「新3本の矢」でメリットのある人・ない人

2015年10月06日(火)16時33分

名目GDPは株価や不動産価格との相関性が高い

 GDPにおける「名目」と「実質」の違いはこの部分にある。使った金額が3%増えれば、GDPは3%増えたということになるが、ここでのGDPは名目値である。一方、使う金額が3%増えても、モノの値段が上がってしまった場合には、買えるモノの総量は変わらず、実質的に経済は成長していないとみなされる。これを実質GDPと呼び、この場合のGDP成長率はゼロ%である。言い換えれば、名目GDPは金額ベースのGDP、実質GDPは数量ベースのGDPということになる。

 そこで今回のGDP 600兆円という目標値だが、これは名目値、つまり金額ベースの話である。乱暴に言ってしまえば、単純に物価が1.2倍になれば、GDP 600兆円は達成できてしまう。だが、物価が上昇しただけでは、その時に消費者が買えるモノの量は今と変わらない。一部の識者が今回のGDP目標について厳しく批判しているのはこうした理由からである。

 しかしながら、数値目標を掲げてしまった以上、安倍政権は目標達成に向けて策を講じるはずである。今のところ、もっとも有力な手段はやはり日銀の追加緩和だろう。

 日銀が追加緩和に踏み切れば、円安がさらに進行する可能性が高い。安倍政権発足後、日本の名目GDPがプラス成長になったのは、円安によって輸入物価が上昇し、モノの値段が上がったことが大きく影響している。今年に入って、さらに円安が進んだことから、多くの事業者が耐えきれなくなり、相次いで値上げに踏み切っている。原油価格は下がっているものの、ここで追加緩和を行えば、もう一段の円安となり、物価上昇は加速する可能性が高い。

 もうひとつ考えられるのは賃上げの促進である。安倍政権は2度にわたって経済界に異例の賃上げ要請を行っている。賃上げ要請を強化し、企業側がこれを受け入れれば、国民の所得は増え、消費が拡大することになる。円安による物価上昇と賃上げによる所得増加が加われば、年3%の経済成長も不可能ではないだろう。ただ、生産性が変化しない中で、賃上げだけを実施した場合、企業の収益が低下してしまうリスクがある。企業はこれを補うため、値上げを加速させることになるため、結局、家計はあまり豊かにならないだろう。

 結局のところ、消費者にとってはあまりメリットがなさそうなGDP目標値の設定だが、投資家にとっては別だ。株価や不動産価格は実質GDPではなく、名目GDPと高い相関を示すことが知られている。政府が本気でGDP 600兆円を実現するということになれば、株価と不動産価格もそれに応じて上がっていく可能性が高い。株価や不動産価格が時に、生活実感と大きく乖離するのはこうした理由からである。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「外国人嫌悪」が日中印の成長阻害とバイデン氏、移民

ビジネス

FRB、年内利下げに不透明感 インフレ抑制に「進展

ワールド

インド東部で4月の最高気温更新、熱波で9人死亡 総

ビジネス

国債買入の調整は時間かけて、能動的な政策手段とせず
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story