コラム

パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味

2015年11月18日(水)15時42分

 このIS声明では、ISが実行したという決め手にならない。オランド大統領は「ISによる戦争行為」を宣言しても、事件とISの関係について決め手となるような材料が示されたわけではない。にもかかわらず、大統領の宣言を受けて、フランス軍は14日からイスラム国への報復的な空爆を開始した。

現場で発見されたシリア旅券を巡る疑問

 その前後に、自爆した犯人の近くから、シリアのパスポートのパスポートが見つかったという報道が出てきた。後から捜査当局筋の情報として、そのパスポートの指紋や写真が名前のものと一致せず、真正の旅券ではない可能性があるという報道も出ている。

 そもそもシリア人の自爆犯が偽のパスポートを持って攻撃に出るだろうか。イラクやシリアという国境も認めず、シリア政府も認めないISの戦士が、身分証明書であるパスポートを死ぬ時に身に着けるだろうか。私たちは「自爆テロ」と呼ぶが、本人たちにとっては「神の敵を倒すジハード(聖戦)のために命を捧げる殉教作戦」である。神のもとに旅立とうとするものが、パスポートを身に着けていくだろうか。それも偽物のパスポートを。

自爆者の遺書から見えた「殉教者」像

 イスラムの「自爆者(殉教者)」については、日本でも欧米でも、余りにも知られていない。私も、当初、自爆者というものが理解できず、パレスチナに行くようになって、自爆をした若者の家族を何家族も取材した。若者が残した遺書を見せてもらったことがあるし、自爆未遂で負傷した若者にインタビューしたこともある。

 自爆したある若者は「同胞たち」と「両親」への遺書を残した。同胞たちに向けては、「私は不帰の旅路に出ることを決めました。この、虫の羽ほどの価値もなく、影のように消えてしまう、楽しみの少ない世界に戻ることはないでしょう」と書いていた。遺書の中に政治的な主張がほとんどないのに、驚いた。逆に、「神よ。私は私の魂と体を差し出すことに戸惑いはありません。神がそれを受け入れることを祈念します」などと、宗教色が非常に強く、遺書を読んでいると、すでに現世を離れて、別世界に入り込んでいるようにさえ感じた。

「殉教者をつくるのに3か月かかる」

 銃を乱射して人間を無差別に殺戮し、その後で自爆するという行為は、すでに常軌を逸している。以前、パレスチナのイスラム過激派を取材していて、「殉教者をつくるには3か月かかる」という話を聞いたことがある。

 イスラム過激派のリクルーターは、夜明けの礼拝を行うような敬虔な若者に近づき、徐々に殉教の道へと誘導していくという。普通、若者は宗教への関心は薄いが、イスラエルの攻撃などで身近な人間が死んだり、破壊の後を見たりして、ひどく傷つくと、思いつめて未明に起き出し、早朝の礼拝に参加するようになるという。

 殉教者に仕立てる殺し文句は、「あなたは神に選ばれたものである」という言葉だ。先に紹介した自爆した若者の遺書にも両親あての遺書に「私は殉教者としての地位を神に与えられました」というくだりがある。「殉教者をつくるのに3か月かかる」というのは、自爆者が自分を「殉教者として神に選ばれた」と考えるようになるまでの期間であろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

ブラジルGDP、第2四半期は0.4%増

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ発の船舶攻撃 麻薬積載=

ビジネス

アンソロピック企業価値1830億ドル、直近の資金調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story