コラム

パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味

2015年11月18日(水)15時42分

首謀者と目されるアブデルハミド・アバウード容疑者は、1月にベルギーのテロ未遂事件で警官に踏み込まれて逃亡した人物で、これほど大規模なテロを主導する経験と能力があったとはにわかには信じがたい Social Media Website via Reuters-REUTERS

パリ事件の前日のベイルート連続自爆テロ

 フランスで約130人の死者を出した同時多発テロ事件の前日に、レバノンの首都ベイルートで連続自爆テロがあった。死者43人。私はその時、取材でベイルートにいた。ベイルートのテロは、南郊のシーア派地区を狙ったものだった。発生から3時間ほどの間にイスラム国(IS)による犯行声明がインターネットで出た。

 現場は、シリア内戦にアサド政権支持で参戦しているシーア派組織ヒズボラの拠点がある場所であり、犯行声明でも「ヒズボラの拠点」と明示していた。現場から中継するレバノンのテレビでは、ヒズボラが標的になったということは強調されなかったが、犯行声明では特定していた。もちろん、死者負傷者は一般市民であり、ヒズボラ支持者とは限らない。無差別テロである。

 パリの同時多発テロはさらに暴力的だった。レストランで銃乱射、競技場での爆発、コンサート会場での人質事件と立て続けに起こった。時間が経過するにつれて、死者が増えていった。ベイルートのテロに比べれば、何が標的なのか分からない全くの無差別的な殺戮だった。

テロを喜ぶイスラム過激派系サイトのツイート

 驚いたのは、事件が動いている時から、イスラム過激派系のツイッターアカウントで、「パリ攻撃万歳。今日は長い夜になる」などという攻撃を祝い、喜ぶようなツイートが次々と流れたことだ。「#パリは燃えている」というアラビア語のハッシュタグもできた。

 その中に、「パリ市民よ、あなたたちは自分の子供たちが殺されたことに衝撃を受けている。同じことを、あなたの軍隊がシリアの地で行っているのだ」というツイートがあった。殺戮と同時進行で、市民の無差別殺害を正当化しようとするアラビア語の文章を読みながら、救いのない気分になった。

 私がツイッターの過激派サイトを開いたのは、ISによる犯行声明が出るかもしれない、と思ったからだった。しかし、未明になっても声明は出なかった。翌14日の昼ごろ、オランド大統領が「イスラム国による戦争行為だ」と宣言した。犯行声明も出ていないのに、イスラム国がやったという証拠があったのだろうか、と思っていると、しばらくして、ISの犯行声明が出た。

犯行声明とは思えないISの声明

 12日のベイルートの自爆テロでも出た青地に白抜きのアラビア語の文章など体裁は同じだった。ISの公式声明である。第1段落はコーランの一部の引用で、第2段落は「神が祝福する攻撃」など称賛や祝福の文章、第3段落でやっと具体的に襲撃について触れている。

 しかし、内容は「カリフ国の戦士がつくる敬虔な8人のグループが、自動小銃と爆弾ベルトを身に着けて、選別された標的を攻撃した。その一つは、ドイツとフランスの試合が行われていた試合場で、そこにはオランド(仏大統領もいた)......」などと、テレビが報じていることをただなぞっているだけだった。当事者しか分からない事実らしいものは何も見当たらない。声明は襲撃を礼賛、祝福しているだけで、とても犯行声明とは呼べないというのが、私の評価である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン作戦「目標達成まで継続」、核能力阻止へ=イス

ワールド

ウクライナ和平協議、今週開催の見方崩さず ゼレンス

ワールド

トランプ氏、イラン核・ミサイル計画阻止へ攻撃命令 

ビジネス

米ISM製造業景気指数、2月ほぼ横ばいの52.4 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医師が語る心優先の健康法
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 5
    ドバイの空港・ホテルに被害 イランが湾岸諸国に報…
  • 6
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 7
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 8
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    【トランプ関税はまだ序章】新関税で得する国・損す…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 9
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story