コラム

習近平、集中化と民主化の境界線

2016年04月26日(火)16時30分

 こうした習近平政権の取り組みは、私たちが想像する強権的な中国政治のイメージとは異なるだろう。中国政治は民意の重要性を強く意識し、多様で、複雑な民意を如何に把握し、調整してゆくかということの必要性を強く理解している。

 これまでも中国共産党は、政策決定にたいする住民の関与を拡大しようとする取り組みを積み重ねてきている。胡錦濤政権は人々の政治参加意欲が不断に拡大していることを理解し、「秩序ある政治参加の拡大」という概念を提起していた。習近平政権も「秩序ある政治参加」を継承するとともに、政策決定に際して、一定程度住民の声を採り入れる「協議民主主義」の充実を提唱している。もちろん中国共産党政権は政治参加の質的向上は容認するが政治的自由は容認していない。政権は、「秩序ある政治参加」の「秩序」とは何か、を決定するのは社会ではなく、自分たちだという。

中国政治のゆくえ

 今日の中国政治は、まるで王滬寧論文が提示したモデルを実践しているようだ。

 王滬寧論文は興味深い問題提起をしている。「決定権の集中」モデルの問題点を、次のように指摘している。すなわち、「決定権の集中」モデルは、往々にして人々の広範な政策決定へ参与を軽視してしまい、その結果として、下された決定は果たして人々のコンセンサスを得たものであるのかどうか社会に疑われ、ひいては「決定権の集中」の政治はエリート政治だという批判を招いてしまう、という。エリート政治は「統治の効率を重視し」、「人々の多様な要望を軽視」してしまうため、社会の多様な発展を阻害することになる。

 王滬寧主任は、つづけて次のように論じて論文を結んでいる。「経済発展が一定の段階に到達した後、こうした潜在的な衝突の可能性は芽生え、最終的には政治不安をもたらすことになる」。「社会の発展がこの段階に到達したとき、政治方面の改革の必要性も避けられなくなる」と。

 1989年の天安門事件以降の27年間で、中国政治のゆくえをめぐって、問題の所在は大きく変化してきた。かつての「何時、どの様に中国政治は民主化するのか」から、「中国共産党による一党体制はなぜ持続しているのか」へ、である。しかし、こうして問いは変化してきたとはいえ、検討しなければならない論点は変わっていない。政治と社会との関係だ。はたして社会が欲する政治参加を政治は提供できるのだろうか。28年前の王滬寧論文の問題提起は今日も依然として未解決のままなのである。

 つまり中国共産党による一党体制の構造的不安定性は変わっていない。政権は中国社会が提起する増大する政治参加の要望に理解を示し「秩序ある政治参加」を提唱するものの、「秩序」の決定権は政権にあるという。しかし、政権がそう確認し続けなければならないことは、かえって中国政治の現実を示唆してる。いまも、そしてこれからも政権は民意の動向に敏感に反応せざるを得ない。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが対円・スイスフランで上昇、中東

ワールド

中国主席、カザフ大統領と会談 貿易・投資で協力へ=

ビジネス

米国株式市場=反発、原油安でインフレ懸念緩和

ワールド

G7、ウクライナ・中東巡る結束に影 トランプ氏のロ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story