コラム

イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ

2024年12月04日(水)14時18分
安楽死法案をイギリス議会に提出するキム・リードビーター議員

法案を提出するリードビーター議員(中央) HOUSE OF COMMONSーHANDOUTーREUTERS

<終末期患者らに安楽死を選ぶ権利を認める法案は、耐え難い苦痛から患者を救う希望になるのか、患者に決断のプレッシャーをかけることにならないのか――>

耐え難い苦痛を抱えた終末期患者の人生を終わらせるために手助けをすべきか否か――これは、重大な問題だ。世界の「議会の母」たるイギリス議会で今、この問題が検討されている。

下院で11月29日、安楽死を選ぶ権利を認める法案が賛成多数で可決された。成立には今後、2回目の採決を経て上院も通過する必要がある。

政治的な問題ではなく道徳的な問題と見なされるため、下院では所属政党の意向に縛られない「自由投票」が行われた。各議員が、有権者の意見を考慮しながら、自身の良心を探らなければならない。

安楽死を選ぶ権利を認めるこの法案をめぐる議論は、賛成にしろ反対にしろ複雑で深遠だ。「誰が」認められるべきかだけでなく「いかにして」施行すべきかも検討する必要がある。

安楽死幇助法案は、これを提出したキム・リードビーター議員が言うように、「人生を終わらせることではなく死を短縮すること」に関する法案だ。

これに対する当初の世論は、おおむね好意的だった。人生の終わりがもはや時間の問題であるという恐怖の状況に置かれた人々が、威厳を保ち快適な方法で苦しみを終わらせる選択を与えられるべきなのは明らかに思われたからだ。

スイス同行だけでも自殺教唆の罪に

愛する人が命を終わらせるのを手助けしたことで罪に問われるという事件はたびたび起こり、一般の人々はこれを思いやりの行為、あるいは絶望の果ての行動だと受け止めるが、法的には犯罪として扱われる。

命を終わらせるために(一定の条件下で安楽死としての自殺幇助が合法化されている)スイスに向かうという不条理な例外はあるが、自分の国ではそれができない。

もちろん、スイスへの安楽死旅行は高額なだけでなく、末期患者が自宅やホスピスを出て長い距離を移動し、配偶者や親族などの付き添いなしに一人で死ななければならないことを意味する。

スイス行きに同行したり、あるいはスイス行きを「実質的に支援」するだけでも自殺教唆とみなされる恐れがあり、イギリスの現行法では重い懲役刑が科される可能性がある。

元ポップスターでロックバンド「ブラー」のドラマーだったデイブ・ロウントゥリーは、この現実を「サイコパス的」と表現した。彼の元妻はスイスのクリニックで安楽死している。ロウントゥリーは、死の計画を打ち明けるだけで愛する人を危険にさらしかねない、と苦しい立場を強いられる末期患者の過酷な孤独を訴えた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story