コラム

ヘンリー王子、事実誤認だらけの「プライベート切り売り本」に漂う信用の欠如

2023年01月18日(水)18時25分
ヘンリーの回顧録

英ヘンリー王子の回顧録は確実に売れるだろうが…… PETER NICHOLLS-REUTERS

<これまでさんざんメディアによるプライバシー侵害を非難してきた英ヘンリー王子だが、回顧録で英王室の内情を暴露し、タブロイドと全く同じことをしてみせた>

英ヘンリー王子は、いうなれば「シェリー・ブレア症候群」を重症で患っているようだ。主な症状は、メディアによるプライバシー侵害を延々非難すること、それでいて自分が本を売ることになったら耐え難いほどにプライベートな詳細を暴露すること。

シェリーの場合、その暴露話の中には、夫であるブレア元英首相と共に女王との面会でバルモラル城に滞在していた際に、いかにして第4子がデキてしまったか、が含まれる。

ヘンリーの場合は、割礼を施されたこと、パブの裏手の野外で童貞を喪失したこと、性器が凍傷になったこと、マリフアナを吸ったこと......などだ。これは単に「赤裸々すぎる情報」に値するだけでなく、どれか1つでもメディアによって報じられていたとしたら間違いなく彼自身が激怒していたであろう内容だ。

ヘンリーの回顧録は確実に売れる。こうした詳細のおかげというより、この本が読者に英王室、特にチャールズ国王やカミラ王妃、ウィリアム皇太子らの内情をのぞかせてくれるからだ。言い換えれば、ヘンリーは自身がさんざん非難してきたタブロイドがやってきたことと全く同じことをしている。人のプライベートを売って金を稼いでいるのだ。

彼がこれまで聖人ぶって、メディアを矯正させることこそがわが人生の使命、という態度を取ってさえいなければ、僕たちだって「切り売りするのは彼自身の話だからいいじゃないか」と思えたかもしれない。

もちろんヘンリーの望みは、他のセレブや有力者だって常に望むもの――自分に従順なメディアだ。彼らはメディアを必要とするが報道内容はコントロールしたい。好意的な話だけで頼むよ、というわけだ。

だが、批判的視点とは無縁のメディアは、自由報道の機能を果たしていないことになる。例えば王位継承順位3位の人物(当時はそうだった)が違法薬物を使用していることを新聞が報じていたら、それは報道機関としてのまともな仕事をしたということにほかならないだろう。次いで健全なメディアなら、(若者にこれだけ使用が広がっている現状を踏まえて)マリフアナ合法化の是非についても議論を発展させるだろうし、並外れた特権階級で「ロールモデル」であるべきヘンリーが法に従うことに特に強い責任を負うのだろうか、あるいは彼を大目に見てやるべきだろうか、と論じることだろう。

今さら人種差別を否定しても

当然ながら、ヘンリーと妻メーガン妃に対する世論はさまざまだ。でも典型的な見方としてはまず、ヘンリーは視野が狭すぎる。例えば、結婚当初提供されたコテージに不満を漏らしたことは、自分がいかに並外れて恵まれているかという認識が不足していた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米CB景気先行指数、8月は予想上回る0.5%低下 

ワールド

イスラエル、レバノン南部のヒズボラ拠点を空爆

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story