コラム

年内の台湾有事の可能性とは?──中国は必ず併合に動く、問題は日本に備えがないこと

2022年11月01日(火)17時40分

台湾併合に向けての中国の準備

香港に関する記事でご紹介したように中国は閾値以下の攻撃で相手を追い込んでゆく。香港を例によると、まず経済界への影響力を強め、次に経済界から従業員や取引先などに広めていった。中国は台湾の輸出の42%を占めており(アメリカ向けは15%にすぎない)、近年では台湾企業が本土に投資を行う話が出たことがある。

並行してデジタル影響工作による世論誘導や、サイバー攻撃による情報収集、本格的なサイバー攻撃の準備などを行う。さらに今回は軍事面でのレッドラインを押し上げてきた。ペロシ訪台後に中国が行った軍事演習は、以前よりも台湾に近い場所で行われた。本格的なサイバー攻撃の準備としては中国由来のAPTが何度も台湾を攻撃している。軍事とサイバー面ではレッドラインの押し上げに成功している。経済面と世論誘導には、まだ時間がかかりそうだ。

アメリカとEUは、ウクライナへの支援も行わなければならないため、いまが台湾へ攻め込む好機という主張もよく見る。筆者は軍事の専門家ではないが、ウクライナ侵攻以降、中国が行ってきたレッドラインの押し上げにアメリカとEUは明確に非難していない。少なくとも中国がレッドラインを元に戻すほどの反応はしていない。そしてEUはもともと台湾よりも中国を気に掛けている。

アメリカはロシアのウクライナ侵攻に際して、ロシアに軍事協力した場合にアメリカはアメリカとヨーロッパの市場を失うことになる、と要請したこともあって、中国のレッドライン押し上げに強く出られなかった。ペロシの訪台を止められなかったという負い目もある。

アメリカは内戦を予測した書籍がベストセラーになるほど国内が不安定な状況に陥っており(なぜか日本ではほとんど報道されない)、中間選挙の結果によってさらに拍車がかかる可能性もある。また、アメリカは「ひとつの中国」という原則を持ちながら、台湾関係法で台湾の支援に関与しており、台湾の位置づけについて政府内でも共有できているとは言えない。

EUのいくつかの国およびイギリスも不安定さを増している。しばらくは放っておいてもアメリカとEUが台湾のために割ける力は減ってゆく。また、ウクライナとシリアへの対応の違いが明確に示すように、そもそも地球の裏側の台湾を助けることに世論の支持が得られない可能性が高い。

特にEUにとってウクライナは同胞だが、シリアやエチオピアが同胞でないように台湾も同胞ではない。それは日本も同じで、ウクライナへの対応と、ミャンマーへの対応の違いが如実にそれを物語っている。グローバルノースの同胞という意識があるせいかもしれないが、日本では近隣のアジア諸国よりもヨーロッパ諸国を大事にする傾向がある。

中国にとって軍事侵攻を行うのはひとつの選択肢だが、軍事侵攻が容易になっていることを背景にまだ充分進んでいない経済界の侵食と世論誘導を進めた方が得策だろう。計画的な軍事侵攻の場合、それに先だって本格的なサイバー攻撃およびその準備が行われることが多い。サイバー攻撃を閾値以下に留めていることは、直近に計画的な軍事侵攻の意図はなさそうに見える。もちろん、偶発的あるいは他の要因による可能性は否定できないので備えは必要だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story