コラム

アメリカ大統領選は、ネット世論操作の見本市 その手法とは

2020年10月02日(金)18時15分

今回のテーマではないが、上記の活動と並行して、アメリカ中央軍はアルカイダ、タリバンおよびジハード主義者をターゲットにした心理作戦Operation Earnest Voiceを展開した。

2012年に入ると、メッセージを拡散するサイト(crowdspeakingサイト)Thunderclap(HUFFPOST、2014年3月25日)が誕生し、続いてdaycauseがサービスを開始した(daycauseブログ、2017年4月7日)。これらは政府にも利用され、水質浄化法のキャンペーンやHIV検査など政策の支持のために用いられていたという。

トランプ陣営は2016年の選挙でケンブリッジ・アナリティカによるマイクロターゲティングを展開する一方、動画の投稿やastro-turfing(組織的に行う活動を草の根運動のように見せかけるもの)なども展開した。民主党の実施したネット世論操作は主としてastro-turfingだった。民主党は主要な選挙イベントに合わせて投稿するよう指令を出していた。

これらの活動は主として自陣営への投票を促すことが目的だったが、相手の信用失墜、相手候補支持者への投票行動抑制、ただ混乱を広げるなどの活動も行われていた。

現在、astro-turfingはアメリカでは当たり前に行われるようになっており、astro-turfingを請け負う企業も存在する。たとえばDevumi社のサイトを見ると堂々とメッセージの拡散やフォロワーの取得の注文を受け付けている。なお、同社は所有する200万のネットワークのうち55,000が実在する人物のプロフィールを盗用したものだとして批判されている。

今回の選挙ではトランプ陣営は1千億円以上をつぎ込み、アメリカ史上最大のネット世論操作作戦が進行中である(The Atlantic、2020年2月10日)。トランプの選挙キャンペーンのオフィスはポトマック川を見渡せるタワーの14階にある。数十人のスタッフが詰めており、一部の共和党員は「デス・スター」と呼んでいる。

トランプ陣営はネットの活用に熱心で、新しい手法に挑戦している。最近新しく採用されたのは匿名で相手の許可なく送信可能なテキストメッセージを数百万人に向けて送信する手法だ。この手法は2018年の中間選挙においても使用されたが、送信者は特定されなかった。内容は保守的かつ友人から届いたようなカジュアルなものだったという。

そうした努力の成果はフェイスブック社傘下のソーシャル・モニタリングツールCrowdTangleが設けている2020年大統領選の特集ページで確認することができる。いつ見てもトランプおよびFOXニュース、ブライトバート・ニュース・ネットワーク(トランプ支持のニュースサイトで差別と偏見、陰謀論に満ちている)といったトランプ寄りのアカウントが上位を占めている。たとえば2020年9月26日に確認した時は、過去一カ月のメンションランキングでトランプは2位でおよそ3千7百万のメンションがあったのに対し、トランプの対立候補のジョー・バイデンは22位で約635万のメンションである。文字通り桁違いなのだ。ちなみに1位はFOXニュースで3位はブライバートとトランプ寄りのアカウントだった。3位までの合計で全体の4分の1以上を占めていた。

広告出稿量も桁違いかというとそうでもない。フェイスブック社は選挙や政治、社会問題に関する広告のライブラリを(非アクティブな過去のものも含めて)公開しており、消化した金額も確認できる。過去3カ月でもっとも多く広告費用を消化したのはバイデンだった。しかし、バイデン以下にはトランプ陣営がさまざまな名称で並び、それらを合計するとバイデンの倍以上となる。多いのは確かだが、桁違いではないのである。

以下、アメリカで現在行われているネット世論操作について触れたい。

・ボット、トロール、サイボーグの利用

ボットはプログラムによって自動運用されるアカウントである。近年ではAIを使ったものも登場している。トロールは人間が操るアカウントで、通常はひとりの人間が複数のアカウントを使い、それぞれ特定の職業や人種など作戦に適したキャラクターになりすまして発言したり、他の人の発言を拡散したりする。サイボーグはシステム支援によって高速、効率的に、主張やデマを発言、拡散するために人間が運用しているアカウントである。

2016年のアメリカ大統領選ではツイートの5分の1、同じ年のイギリスのEU脱退では3分の1がボットだったという推定もあるくらい(The Atlantic、2020年1月7日)。ボット、トロール、サイボーグの利用は当たり前になってきている。

そしてその利用方法も単純に候補者の発信を増幅させるだけでなく、多岐にわたっている。たとえば、2019年のケンタッキー州知事選挙では、選挙後にネット世論操作が仕掛けられた(The New York Times、2019年11月10日)。

関係者を名乗る人物がシュレッダーの写真とともに共和党の投票をシュレッダーにかけたとツイートしたのだ。このツイートは急速に拡散した。調査によればシュレッダーの画像をツイートしたアカウントは3,800を超え、そのうち2,350はボットと判定された。ツイッター社およびネット世論操作分析の専門企業Graphika社は、ツイートのほとんどはアメリカ国内からのものであり、ロシアなど海外からの可能性はほとんどないと結論した。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

経済対策、目的達するに「十分な規模必要」=片山財務

ビジネス

英CPI、9月は前年比+3.8%で横ばい 予想下回

ビジネス

中国、再びドイツの最大の貿易相手に 輸入が増加

ビジネス

エアバス、中国2カ所目の組立ライン開設 主力単通路
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story