コラム

ディズニー恐るべし、『アラジンと魔法のランプ』は本当は中東じゃないのに

2019年11月27日(水)16時40分

もっと問題になったのは、映画に出演する白人のエキストラたちがアラブ人のように顔を浅黒く塗られたことである(メーキャップする必要のないアラブ系のエキストラを雇うべきなどの批判)。ここから先の議論は、筆者もフォローしきれていないが、ディズニーとしては、異文化や多様性を尊重すると強調しておきながら、いろいろな局面でミソをつけてしまったことになる。話がややこしくなるので、黒人のウィル・スミスが青い魔人を演じているのはここでは問わないことにしよう。

とはいえ、主役のアラジンを演じたマスードは「テロリストでもなく、悪いイメージもない役を演じられて興奮している」と述べ、正しい中東をポジティブに描いた作品で大役を任されたことを素直に喜んでいる。

バグダードでもアグラバーでもなく、実は中国が舞台だった

ただし、オリジナルの『アラジンと魔法のランプ』の物語が由緒正しいアラブの物語かというと実はそうではない。すでに定説になっているのだが、この話は、アラビアンナイトのアラビア語原本にはなく、そのアラビア語写本とされるものは18世紀の捏造であることが明らかになっている。したがって、アラジンはお世辞にも由緒正しいアラブ文学とはいいがたいのである。

そして、そのアニメ版や実写版でも、物語の舞台はアグラバーという場所になっている。1992年のアニメではもともとバグダードを舞台にする予定だったのだが、その前年にバグダードを首都とするイラクとの戦争があったため(湾岸戦争)、アグラバーという、ヨルダン川沿いにあるとされる、何となく中東風の架空の地に急遽設定が変更されてしまったそうな。

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1953年にカイロで出版された『アラジンと魔法のランプ』の表紙

しかし――これは中東業界あるあるなのだが――「オリジナル」の『アラジンと魔法のランプ』の舞台は、バグダードでも、ましてやアグラバーでもなく、実は中国なのである。したがって、アラビア語で書かれた『アラジンと魔法のランプ』の本には、しばしば中国風や、ときには中国だか日本だかわからない謎の格好をしたアラジンの挿絵が登場する。

ジャスティン・トルドーも、よりオリジナルの文化を尊重するのであれば、顔を黒く塗りたくらず、黄色く塗るか、細い、つり目のメークをするべきだったのかもしれない。まあ、どちらにせよ、非難ごうごうでしょう。

さらに恐ろしいことに、最近ではアラビア語圏でも『アラジンと魔法のランプ』といえば、ディズニーのアニメのほうが幅を利かせるようになっているのだ。中国人のアラジンはどんどん肩身が狭くなっているようである。アラブ文化をすら変容させてしまうとはディズニー恐るべし。

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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