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アングル:「出稼ぎ」パレスチナ人、失業16万人も イスラエル雇用失う

2023年12月09日(土)07時58分

国際労働機関(ILO)によれば、イスラエル国内とユダヤ人入植地で働いていたヨルダン川西岸地区出身のパレスチナ人約16万人が、すでに失業したか、その瀬戸際に立たされているという。写真は2016年12月、ヨルダン川西岸の建設現場で撮影(2023年 ロイター/Baz Ratner)

Lin Taylor Nazih Osseiran

[4日 トムソン・ロイター財団] - 先月、パレスチナ人のホテル従業員タハ・アミン・イスマイル・カリフェさんがオンライン会議にログインした時、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘がホテル経営に与える影響について、イスラエル人の雇用主から説明があるのだろうと考えていた。だが、カリフェさんを含む40人の同僚に突きつけられたのは解雇通告だった。

カリフェさんは、イスラエル占領下のヨルダン川西岸で暮らしている。東エルサレムにあるホテルで20年以上も客室係として働いてきた。

国際労働機関(ILO)によれば、イスラエル国内とユダヤ人入植地で働いていた西岸地区出身のパレスチナ人約16万人が、すでに失業したか、その瀬戸際に立たされているという。西岸地区からイスラエルやユダヤ人入植地に入るための検問所が閉鎖され、イスラエルの雇用市場への参加も制限されているからだ。

さらにイスラエルは、パレスチナ人数千人を包囲下にあるガザ地区へ送還した。

これまでイスラエルは、ガザ地区の住民を対象に、イスラエルおよび西岸地区への入域許可を1万8000人分発行し、農業や建設業といった分野での就業を認めてきた。封鎖されたガザ地区に比べ、最大で10倍も稼げた。

パレスチナ人の多くはイスラエルや西岸地区のユダヤ人入植地で日雇い労働者として働いていたが、10月7日にハマスがイスラエル南部を襲撃して以来、検問所は閉鎖され、働くための移動も不可能になっている。

多くのパレスチナ人労働者と同様、カリフェさんもイスラエル企業のために働くことに複雑な思いを抱いていたが、安定した収入を確保するにはそれが最善の選択肢だった。ガザ地区の失業率は約46%、西岸地区でも約13%に達しており、どちらの地域の賃金も大幅に低い。

カリフェさんはトムソン・ロイター財団の電話取材に対し、「イスラエルで働く以外に、生活費を稼ぐ方法はない」と語った。「他には選択肢がない」

失業が1カ月以上におよぶ今、カリフェさんは二度と職場に復帰できないのではないかと危惧している。イスラエル企業は、パレスチナ人労働者の解雇に伴う人手不足をインドやスリランカなどの労働者で埋めることを政府に要望しているからだ。

戦闘が始まり、身の危険を感じた一部の外国人移民労働者が帰国したため、イスラエルの農業、建設、ホテルといった業界は人手不足に悩まされている。

イスラエル建設業協会(ACB)のシェイ・パウズナー副理事長は電子メールによるコメントで、ACBは政府に対し、パレスチナ人の解雇による人手不足を埋めるために、少なくとも外国人労働者6万人の採用を目指すよう政府に要請したと明らかにした。

スリランカとしても、ドル収入や在外労働者からの送金の獲得は急務だ。同国政府の閣僚は先月ロイターに対し、農業労働者を含む2万人規模の集団派遣の一環として、イスラエルの建設業界に1万人の労働者を送り込む計画だと語った。

イスラエル外務省、移民当局、入国許可を監督する政府機関である占領地政府活動調整官組織(COGAT)にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

<脆弱なパレスチナ経済>

こうして海外から代替人材を導入しようという試みがあることから、今般の紛争の先行きにかかわらず、長期的にパレスチナ人労働者の雇用の見通しが脅かされるという懸念が生まれている。

パレスチナ労働組合総連合のメディア担当責任者、サイード・オムラン氏は、「これは危険な問題だ」と電話で語った。ただし同氏は、数万人規模の外国人採用には時間がかかるだろうとも指摘した。

「(イスラエルは)どうやってそれほど短時間で人材を確保するというのか」とオムラン氏は言う。

イスラエルでの雇用が長期にわたって失われるとすれば、ただでさえ脆弱(ぜいじゃく)なパレスチナ経済は新たな打撃を被ることになる。パレスチナ経済は海外からの援助に依存しており、イスラエルによる西岸地区での移動規制にも左右されやすい。

ILOによれば、戦闘開始以降のパレスチナの失業に伴い、1日当たり1600万ドル(約23億5000万円)の所得が失われている計算だという。

パレスチナ人の移動の自由を支援するイスラエルの非営利組織(NPO)「ギシャ」で公衆啓発担当ディレクターを務めるミリアム・マームール氏は、こうした失業によって、ガザ地区を中心に、パレスチナ人が今後数カ月、数年にわたってどのように生活と就労を続けていくのかという懸念が生じている、と語る。

「ガザ地区の労働者たちが就労を再開できるようになるとは想像し難い。ガザ地区での人道的、経済的な現実はどうなっていくのか。(今回の戦闘の)結果として、パレスチナ経済の状況はどうなってしまうのか」

収入が途絶えたことで、低賃金労働者はすでに経済的な痛みを感じている。

西岸地区の都市ジェニンで暮らす建設労働者のムタナ・ジャマル・ハッサンさん(33)は、戦闘が始まった当時、テルアビブで塗装の仕事を終えたばかりだった。

週140ドルを稼ぐハッサンさんは一家の稼ぎ頭だったが、戦闘開始以降は無収入に陥った。いずれ家族の基本的なニーズを賄うために借金に頼らざるをえなくなるだろう、と語る。

境界が封鎖されたため、安心して越境することはできず、試みようとすればイスラエル治安部隊に銃撃されるか拘束される恐れがあるという。

自宅から電話で取材に応じたハッサンさんは、「これまで働いていたのだって、何とか食いつないでいくためだ。豪邸や車を買うためではない」と言う。「どうにかこうにか生活してきたというのに、一夜にしてそれさえも奪われてしまった」

<外国人労働者の事情は>

すでにイスラエルでは、タイやフィリピンなどから来た約11万人の移民労働者が合法的に就労している。イスラエルの集計では10月7日のハマス戦闘員による襲撃で民間人1200人が殺害されたが、その一部はこうした移民労働者だ。

インドは建設労働者、介護労働者の派遣について5月にイスラエルと合意に達したが、同国外務省は、ハマスとの紛争が発生して以来、イスラエルから「何か具体的な数値や要請があったとは認識していない」と説明した。

パレスチナ人労働者の代わりに海外の労働者を採用しようとするイスラエルの取り組みを巡って、インドの労働組合関係者からは批判の声も上がる。インド建設労働者連合は、ハマスが実効支配するガザ地区に対するイスラエルの空爆と地上作戦により死亡した犠牲者の数を指摘し、「非道徳的」だと述べた。

移民の権利を擁護するイスラエルの労働団体「カブ・ラオベド」で広報を担当するアッシア・ラジジンスカヤ氏は、ACBによる外国人労働者の雇用要請に関して、戦時に外国人労働者を慌てて大量雇用しようとすれば、移民労働者の権利が脅かされる恐れがある、と述べた。

ラジジンスカヤ氏は「受け入れ体制もなしに、あまりにも多くの人々を連れてこようとしている」と語った。

「採用過程は正常か、雇用側が通訳を介して移民労働者と意思疎通できているか、農場や建設現場での処遇が適切か、そうした点をチェックできるよう、イスラエルは(労働者の)権利を実現していく必要がある」と同氏は続けた。

カブ・ラオベドは、雇用主に働きかけて数十人の労働者が未払い賃金を取り戻す動きを支援しており、イスラエル政府に対しては、解雇されたパレスチナ人労働者が、収入途絶に対処できるよう、年金の引き出しを認めるよう要望している。

建設労働者のアフマド・モハマド・アブ・スバイさん(37)は、これまで月に3800シェケル(約15万円)を稼いでいた。この額は家計を維持するのにぎりぎりの額だったというが、戦闘開始以降は働くことができずにいる。

4人の子の父親であるスバイさんは、西岸地区の都市ベツレヘムの自宅から電話で取材に応じ、「どうやって家族を養っていけばいいのかわからない」と語った。

「一瞬たりとも精神的プレッシャーから解放されるときがない」

(翻訳:エァクレーレン)

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