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アングル:タクシーでカナダ国境へ、移民の「米国脱出」最前線

2017年05月15日(月)11時01分

 5月10日、ドナルド・トランプ氏が昨年米大統領選に当選して以来、タクシードライバーのカーティス・シーモアさんは移民論争のもう1つの側面を運転席から眺めてきた。カナダとの国境近くの街でハイチ系の女性が国境を越えてカナダに入国。ニューヨーク州で4月撮影(2017年 ロイター/Christinne Muschi)

Melissa Fares

[プラッツバーグ(ニューヨーク州) 10日 ロイター] - タクシー運転手のカーティス・シーモアさんが電話を受けたのは午前3時30分。カナダ国境まで約40キロの位置にあるニューヨーク州プラッツバーグのグレイハウンドバス停留所で、乗客を1人拾ってほしいと頼まれた。

バスから降りたったのは、ハンドバッグ2つと、リュックサック、そしてスーツケースを抱えた年配のハイチ系女性だった。紫と黄色の布を頭に巻き、淡い紫の口紅に、金色の大きなイヤリングを付けていた。シーモアさんは女性の荷物を車に積込み、行き先を尋ねた。

「カナダへ」。おぼつかない英語でそう告げた女性は「ノーポリス」と付け加えた。彼女はチロットとのみ名乗った。

62歳のシーモアさんは、このアップステート・ニューヨーク地区を10年以上にわたって運転してきた。昨年11月の米大統領選ではドナルド・トランプ候補に投票した。理由の1つは、トランプ氏が移民に対して厳しい姿勢を見せていたからだ。

「もう一度選挙があっても彼に投票するだろう」とシーモアさんは言う。「あの頃より複雑な気持ちではあるが」

トランプ氏の当選以来、シーモアさんは移民論争におけるもう1つの側面を運転席から眺めてきた。今年に入り、カナダへの不法出国者は約2000人。その一部を彼が運んだのだ。

こうした越境者の大半は、亡命申請の結果待ちの状態を含め、米国内で合法的に暮らしていた。だがトランプ氏が不法移民を厳しく批判するなかで、カナダに出国する亡命希望者が膨れ上がった。カナダ政府の方が移民を歓迎していると見られているためである。

カナダに入国した彼らは、ソマリアやエリトリアといった出身国で迫害や暴力の懸念が続いていることを理由として、同国に対する亡命申請を開始している。

プラッツバーグのような国境近くの街では、カナダ国境に至る最後の数マイルを移動するためにタクシーを利用する人が多い。シーモアさんは、週に数回そんな利用があるのが普通だと語る。

かつて共和党員として登録されていたが、今は無所属だというシーモアさんは、トランプ氏の論調が、国境に向かう乗客の多くを怯えさせていると言う。

亡命希望者のなかには犯罪リスクの高い者もいたが、彼が乗せた客の大半は「われわれの国にとって財産」になっただろうと彼は語る。

「トランプ氏の移民政策は強硬で、それこそ私が彼に投票した理由の1つだ。だが、どこの出身であれ、この人たちも同じ人間だ」と彼は言う。「別世界からやって来たエイリアンといった存在ではない」

また彼は、彼自身の生計を立てる必要性も認識している。

「もちろん乗客すべてを愛しているわけではない。けれども、誰のことも憎んでいないというのも確かだ」と彼は言う。

<フェンスの写真>

タクシーから飛び降りてカナダに駆け込む際、乗客はよく落とし物をする。国境には、慌てて脱出した痕跡が散見された。荷札、ほ乳瓶2本、手袋片方、スーツケースから外れた車輪、ベビーカー、煙草の空き箱、ランチパックなどだ。

ソマリア出身の男性は、2017年9月まで有効な米国の就労許可証を残していった。「米国への再入国時は無効」と書かれている。

人によっては重すぎて持って行けないものを残していくため、シーモアさんはそれを街の不要品引き取り所に寄付している。

英語を話せない乗客がさまざまなコミュニケーション手法を用いることもあると彼は語る。「英語をまったく話せない子ども連れの女性がいたが、私にただ、フェンスの写真を示すだけだった」

昨年11月以来、シーモアさんはバス停で国境に向かう乗客を待つタクシーの列に加わった。通常、月曜日から土曜日、深夜から朝9時まで働く。ロイター記者は3度にわたり、彼の深夜シフトに同行した。

ある水曜日の朝には、バスのドアが開くのに合わせてタクシーのドアが開き、運転手たちがバスに駆け寄った。

「タクシーあるよ、タクシーあるよ」と運転手の1人が誘う。

「国境に行くのか。うんと安くするよ」と別の運転手も叫ぶ。

シーモアさんは自分の白いワゴン車にもたれ、今回の乗客であるチロットさんが来るのを待つ。バスの運転手からしばらく前に電話があり、その女性を見つけるよう頼まれていたのだ。

プラッツバーグから北へ2車線の幹線道路を走ること約10分、シーモアさんはバックミラーで彼女の様子を窺った。「大丈夫だ」と彼は何度も繰り返した。

「国境に着いたら、客が車から荷物を降ろすのを手伝い、そのまま、彼らが国境をうまく越えられるか見守る」と彼はロイターの記者に語った。「立ち止まるなと言っても、立ち止まってしまう人もいる。そこに立ち尽くして、動けないんだ」

ニューヨーク州シャンプレーンにある公式検問所を家族で通過しようとすると通常、一律60ドル(約6800円)の料金を課される。もっと慎重に国境を超えようとする人は、65ドルか70ドル払って、その近くの、農地に囲まれた行き止まりの道まで運んでもらう。そこから彼らは溝や低い丘を越え、徒歩でカナダに入国するのだ。

ニューヨーク州検事総長局は10日、アップステート地区のタクシー運転手による亡命希望者への料金過剰請求について捜査を行ったと発表した。検察によれば、プラッツバーグ市内のライバル会社の運転手1人が、国境までの乗車に対して最大300ドルも請求していたという。シーモアさん自身は、料金過剰請求の告発を受けていない。

シーモアさんによれば、国境に到着すればカナダ連邦警察に逮捕されることを乗客は理解しているという。

「だが、それが彼らの望みだ」とシーモアさんは言う。「カナダで拘束されることについて、彼らは気にしていない」

午前4時、シーモアさんとチロットさんは国境に着いた。カナダ連邦警察の警官が懐中電灯を点灯させた。

シーモアさんはチロットさんが荷物を運ぶのを手伝った。「彼らは手荒な真似はしない」と彼は言った。

「そこはまだ、米国内だ」と警官が警告した。「それ以上進めば、カナダに不法入国することになる」

もう一度、シーモアさんが彼女に声をかけた。「大丈夫だ」

警官の1人がシーモアさんに尋ねた。「あなたはその女性に不法入国を勧めているのか」

「違う」とシーモアさんはポケットに手を突っ込んで言う。「恐がっているから励ましているだけだ」

「あなたはもう行きなさい」と警官は答える。

「彼女がもう行けると分かれば」とシーモアさんは言う。「私だってここを離れるさ」

(翻訳:エァクレーレン)

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