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狙われたトルコ大統領機、クーデターはなぜ失敗したか

2016年07月20日(水)08時08分

 7月17日、トルコのエルドアン大統領(写真)を転覆させようとする企ての真っただ中、反政府側の戦闘機F16のパイロット2人が、大統領機に照準を定めていた。イスタンブールの空港で16日撮影(2016年 ロイター/Huseyin Aldemir)

トルコのエルドアン大統領を転覆させようとする企ての真っただ中、反政府側の戦闘機F16のパイロット2人が、大統領機に照準を定めていた。だが大統領機は飛行を続け、最大都市イスタンブールに到着した。

トルコ軍の一部が15日夜にクーデターを起こした後、沿岸部のリゾート地マルマリス近くで休暇を過ごしていたエルドアン大統領は急きょ、イスタンブールに戻ろうとした。

「少なくともF16機2機が、大統領機がイスタンブールに向かう途中、繰り返し邪魔してきた。大統領機と同機を保護する別のF16機2機をロックオンした」と、今回のクーデターに詳しい元軍将校はロイターに語った。

「なぜ発射しなかったのかが不思議だ」とこの元将校は述べた。

2003年以降、トルコを支配するエルドアン大統領へのクーデターがもし成功していれば、同国を紛争へと陥れ、中東における新たな大きな転換点となっただろう。

あるトルコ政府高官はロイターに対し、エルドアン大統領のビジネスジェット機がマルマリスの空港を出発した後、反政府側のF16機2機から妨害を受けたが、無事にイスタンブールに到着できたことを確認した。

もう1人の高官も大統領機が「上空でトラブル」に見舞われたとしたが、詳細は明らかにしなかった。

エルドアン大統領は、クーデターの首謀者らがマルマリスにいた同大統領への攻撃を試み、出発後まもなくして滞在していた場所が爆破されたと語っていた。大統領は「すんでのところで死を免れた」と、2人目の高官は語った。

フライトを追跡する複数のウェブサイトは、トルコ政府のビジネス用ジェット機が、マルマリスから車で約1時間15分の場所にあるダラマン空港から、GMT(グリニッジ標準時)で15日午後10時40分ごろに離陸したことを示している。

その後、大統領機はイスタンブール南方の上空で周回し、待機しているようだった。ちょうどそのころ、空港にいたロイターの目撃者によれば、地上ではいまだ銃声が鳴り響いていた。

前述の元軍将校によると、クーデター計画の空中作戦は、首都アンカラから北西に約50キロ離れたアキンジ空軍基地に重点が置かれていたように見える。少なくともパイロット15人が反政府側の司令官の命令の下で関与していたという。

トルコ軍トップのフルシ・アカル参謀総長はアキンジ空軍基地で拘束されたが、のちに救出された。同基地から飛び立った反政府側の戦闘機は15日夜、イスタンブールとアンカラ上空で繰り返し低空飛行を行い、市民を恐怖に陥れた。

一方、アンカラの西に位置するエスキシェヒル空軍基地からは、アキンジに爆弾を投下して反政府勢力を抑え込もうと戦闘機がスクランブル発進した。しかし反政府側の戦闘機は給油機を手に入れると、空中で給油して一晩中飛び続けることができたと、1人目の政府高官は語った。

給油機はトルコ南部のインジルリク空軍基地で奪われたものだった。同基地は、シリアとイラクで対「イスラム国」掃討作戦を行う米主導の有志連合が使用している。同基地の司令官は17日、共謀の疑いで拘束された。

<黒幕>

トルコ政府高官3人は、2015年まで空軍トップを務めたアクン・オズトゥルク前空軍司令官がクーデターを計画した黒幕の1人だと語った。オズトゥルク前司令官は17日、他の数千人の兵士らとともに拘束された。

最高軍事評議会メンバーであるオズトゥルク前司令官は、8月に行われる同評議会の会合で引退する予定だった。

もう1人の黒幕は、元軍法律顧問のムハレム・コセ氏とみられると、高官3人は述べた。コセ氏が、かつてのエルドアン首相の盟友で米国を拠点にするイスラム教指導者、ギュレン師の信奉者だとの見方を示した。エルドアン大統領は、ギュレン師をクーデター計画の黒幕として糾弾している。

コセ氏は不正を行ったとして3月に職を解かれているが、軍からは除名されていなかったと、3人の高官のうち1人が語った。コセ氏の行方は現在分かっていない。

「非常に長きにわたり、準備が進められていたようだ。クーデター計画の首謀者とみられる2人にはブレーンがいたように見える」と、この高官は現在捜査中であることから匿名でこのように語った。

エルドアン政権は長い間、ギュレン師の信奉者が、権力を握る目的で、司法、警察、軍、メディア内部で「並列構造」を築こうとしていると非難してきた。同師はそのような嫌疑を繰り返し否定している。

<不完全な準備>

イスラム教の教えに基づく政治をルーツとするエルドアン大統領はこれまでも、世俗派の守護者だとする軍とうまくいっていなかった。トルコ軍は20世紀後半に3回、イスラム教徒主導の政府から権力を奪うべくクーデターを起こした。

エルドアン氏の首相時代、クーデター未遂で数多くの将校が投獄され、政府は裁判所を軍部の一部を排除するのに利用してきた。有罪判決はのちに晴れたが、政府によるそうした行動は士気を損ない、怒りを増大させた。

しかしながら今回のクーデター首謀者らは、軍内部の支持を過大評価していたように思える。

「クーデター首謀者にとって最大の障害は指揮系統の外にあった」と語るのは、トルコの元外交官で、現在はカーネギー・ヨーロッパの客員研究員を務めるシナン・ユルゲン氏だ。

「戦略的な目的を達成するには、極めて準備不足だった。過去のクーデターと比べて、その違いは歴然だ」と同氏は話した。

CNNトルコのキャスターは反政府側から同局が取り戻された後、兵士らについて、若くて「目はおびえ、熱意や決意の兆しは見られなかった」と表現した。

また元軍将校によると、クーデター首謀者らは監視下にあると気づき、計画の実行を早めたようだという。「完全に準備されていたわけではなかった。計画は漏れ、監視されていることが分かり、予定よりも早い決行を余儀なくされたようだ」

首謀者らはまた、国民を集結させ、街頭でデモを行うよう呼びかけるエルドアン大統領の能力を過小評価していた。

アキンジ空軍基地のあるアンカラ・カザン区長の広報アドバイザー、セルタク・コック氏によれば、クーデターが展開されるにつれ、地元住民は多数のジェット機が離陸するのに気づき始めた。

「ジェット機がアンカラにある議会やイスタンブールの人々を攻撃するのを見て、彼らは団結して基地まで行進し、やめさせようとした」と、同氏はロイターに電話でこう語った。

「基地までの交通を妨害しようとしたり、ジェット機の視界を遮ろうとして干し草を燃やしたりした。最終的には、基地の電力を遮断しようとした」

コック氏の話では、反政府側の兵士による銃撃で地元住民7人が死亡した。

(Humeyra Pamuk記者、Orhan Coskun記者 翻訳:伊藤典子 編集:高橋浩祐)

[アンカラ/イスタンブール 17日 ロイター]

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