アングル:トランプ政権「投資誘致」の実態、バイデン氏時代の案件も

7月8日、トランプ米大統領は1月の政権復帰後の数時間以内に総額3兆ドルもの新規企業投資を米国に誘致したと自慢した。写真はトランプ氏とバイデン氏。ワシントンで1月に行われたトランプ氏の大統領就任式で代表撮影(2025年 ロイター)
Jarrett Renshaw
[8日 ロイター] - トランプ米大統領は1月の政権復帰後の数時間以内に総額3兆ドルもの新規企業投資を米国に誘致したと自慢した。トランプ氏はその後、投資額が米国の年間国内総生産(GDP)の約半分に相当する14兆ドルに膨れ上がったと主張している。
ホワイトハウスはこれを「トランプ効果」と自賛し、南部テキサス州のパン工場からバージニア州の玩具レゴの工場、西部アリゾナ州の半導体工場に至るまでトランプ政権の経済政策が促進したとする70超のプロジェクトの一覧をウェブサイトに掲載した。
今月2日時点でこのサイトには総額2兆6000億ドル相当を超える米投資が掲載されているが、これはトランプ大統領が主張する「14兆ドル」にははるかに及ばない。
しかもロイターが調べたところ、サイトに記載されている投資額のうち約半分の1兆3000億ドル超は、バイデン前政権に始まったか、国内投資をけん伝するために定期的な支出をまとめたのに過ぎないことが判明した。
ロイターの調査では、ホワイトハウスが「トランプ効果」とけん伝しているプロジェクトのうち少なくとも8件は、トランプ氏が大統領に復帰する前に地元で極めて重要な優遇措置を求めたり、確保したりしていた。また、少なくとも6つのプロジェクトは地元当局か企業自体が発表していた。
中でも「トランプ効果」だとけん伝するプロジェクトのうち2つは、バイデン前大統領が米国での製造業を促進するために制定した法律が後押しした案件だった。
一覧に入っているスイスの製薬大手ロシュは、トランプ氏が薬価を国際的な水準に引き下げると表明したことに反発。約束した米国での500億ドルの投資を脅かすと警告した。
トランプ氏の就任前に既に進行していたプロジェクトの手柄を横取りしていることをホワイトハウスに質問すると、最終的な投資決定はトランプ氏の監視下で発表されたものであり、トランプ氏の経済政策が米国での投資を誘発していることを証明していると主張した。
ホワイトハウスのクシュ・デサイ報道官は「トランプ氏は近世史上最高のクローザー(取引を成立させる人)であり、彼のリーダーシップと政策が仮定の議論を確固とした投資の約束に変え、新しい工場やオフィスの着工を促す極めて重要な触媒となっている」と話した。
ロイターは地元関係者へのインタビュー、公的な記録や企業の発表文を調べたが、多くの場合にはトランプ氏や同氏の政策が投資にどのような役割を果たしたのかが明らかではなかった。
ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミスト、マーク・ザンディ氏は、ホワイトハウスが歴史的な投資と主張するものの、自身およびエコノミストらの投資予測はほとんど変化していないと指摘。「あらゆる発表にもかかわらず、予想は変化していないと思う」とし、「最終的に投資支出を促進するファンダメンタルズは、どちらかといえば年初より弱まったように映る」との見解を示した。
さらに、トランプ氏が数十カ国に上る貿易相手国に対する関税を大幅に引き上げようとしていることは世界市場に不確実性をもたらし、経済予測を低下させ、投資決定を凍結させているとも言及した。
<「トランプ効果」>
ホワイトハウスは、「トランプ効果」と主張する一覧は網羅的なものではなく、5月の中東歴訪で獲得したと政権が発表している対外取引は含まれていないとしている。
ロイターはトランプ氏が誘致したと主張する14兆ドルの米投資の内訳を示すようホワイトハウスに要請したが、応じなかった。
自身の成果だとする経済活動を誇張したり、根拠なく主張する大統領は、トランプ氏が初めてではないだろう。しかし、実業家出身のトランプ氏は政治手法の中心を取引に置き、自身の大統領就任が米国に製造業を取り戻し、雇用を創出する「製造業ルネサンス」を公約した。
製薬業界を中心とする一部企業は既に決めていた支出計画を更新し、トランプ氏はこれを新規投資だと主張した。また製薬企業はトランプ氏が1期目の2017年に打ち出した減税が国内投資に拍車をかけたと評価した。
ドイツ銀行証券の製薬担当アナリスト、ジェームズ・シン氏は、米製薬大手イーライ・リリーのデービッド・リックス最高経営責任者(CEO)がこの青写真を作成したと明かす。リックス氏は今年2月、米国で5年間に計270億ドル相当の新規投資をすると発表した。
トランプ氏は、この投資について自身の輸入関税引き上げが国内製造業を活性化させるために機能している証拠だと称賛した。しかし、投資額は同社が2020年以降に米国で支出した230億ドルからわずかに増加したに過ぎない。
<主張の中身>
以下はホワイトハウスが「トランプ効果」としてサイトに掲載したプロジェクトのうち、トランプ氏の就任前に発表されていた、あるいは既に進行中であったことをロイターが確認したプロジェクトの一部だ。
韓国の現代自動車が南部ルイジアナ州に58億ドルを投じて製鉄所を新設すると3月に発表後、「トランプ効果」の一覧に加えられた。しかし、州当局者によると、現代自動車は全米を調査した結果、2024年12月にルイジアナ州の用地を選定した。現代自動車はロイターからのコメント要請に応じなかった。
強化ガラスなどを製造する米コーニングは中西部ミシガン州に15億ドルを投資すると今年4月に発表し、「トランプ効果」の一覧に追加された。しかし、この投資額には昨年2月に発表された9億ドルの投資が含まれて、プロジェクトは米国での生産を奨励するためにバイデン氏が22年に署名して成立した半導体・科学法に基づく連邦税額控除の恩恵を受けていることをコーニングはロイターに認めた。
トランプ氏は半導体・科学法のことを「ひどい、ひどいものだ」と糾弾し、半導体産業への補助金を撤回するよう議会に要求している。
デンマークの玩具メーカーのレゴは5月に南部バージニア州に3億6600万ドルを投じて新たな物流センターを建設すると発表し、「トランプ効果」の一覧に加えられた。しかし、同州経済開発局の報道担当者のプライアー・グリーン氏によると、レゴはトランプ氏が復帰する約3年前の22年に優遇措置を巡って同州と協議を開始していた。レゴはコメントの要請に応じなかった。
米クラセン・クオリティ・チョコレートは今年2月、バージニア州に2億3000万ドルを投じて生産施設を新設すると発表。「トランプ効果」の一覧に掲載された。しかし、グリーン氏はトランプ氏が復帰する約7カ月前からクラセンとバージニア当局の協議が始まり、グレン・ヤンキン知事が昨年12月3日に300万ドルの助成金を承認したと明らかにした。クラセンはコメントの要請に応じなかった。
米ヨーグルトメーカーのチョバニは今年4月、東部ニューヨーク州に12億ドルで工場を建設すると発表。ホワイトハウスは「トランプ効果」の一覧に入れた。しかし、同州の記録によると、チョバニは昨年5月にこのプロジェクトについて同州に接触しており、整地された用地に企業を誘致する州のプログラムの恩恵を受けていた。
<ハイテク投資>
ホワイトハウスや各企業が投資だとけん伝した中身が、実は通常の支出に相当するケースもあった。
アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は今年2月、今後5年間に計5000億ドルを投資して2万人の従業員を雇用し、新しい人工知能(AI)サーバーを構築すると発表した。トランプ氏はこの発表を自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で「われわれがやっていることへの信頼」を示したと言い張った。
しかし3人のアナリストによると、アップルが発表した投資額は同社の財務状況から見ると、結局は支出することになると予想される金額と一致している。
ウェドブッシュ証券のシニア・エクイティー・アナリスト、ダン・アイブズ氏は「アップルにとっては、この大部分は誰が大統領でも起こしたことだろう」と述べた。
アップルはバイデン氏が大統領に就任した数カ月後、米国への投資の「加速」を発表し、5年間に計4300億ドルを投じて2万人の雇用を増やすと約束した。
トランプ氏の1期目だった2018年1月には、「米経済への直接貢献」として5年間に3500億ドルを投じ、その間に2万人の雇用を創出する計画だと訴えた。
一方、日本のソフトバンクグループ、米オープンAI、オラクルが米国で最大5000億ドルを投じ、AIプログラムを稼働するためのデータセンターを構築すると今年1月に発表した合弁事業「スターゲート」は、データセンターの設置場所はまだ各州と交渉中だとしている。
ソフトバンクグループとオープンAIはロイターに対し、「1月に発表したように、スターゲートは米国でAIインフラを構築するために今後4年間で最大5000億ドルを投資することを全面的に約束する」との共同声明を出した。オラクルはコメントの要請に応じなかった。