コラム

定数削減はポピュリズムだ

2023年05月10日(水)11時24分

議員が減るということは、行政に対するチェック能力が減少するということでもある。維新の会の横山英幸大阪市長は、議員定数の削減を推進することを「口だけじゃない覚悟の政治。維新の真骨頂」だとSNSでアピールしている。だが行政の長たる市長と市議会は制度上緊張関係にあり、議会の力を削ぐような政策の推進を市長が誇らしげに語るのは望ましくない。

議員定数削減への支持は政治不信の現れ

4月30日の朝日新聞記事によれば、日本の有権者の過半数が政治に対して不信感を持っているという。同じく、5月6日に掲載された朝日新聞が東京大学と合同で行った調査結果によれば多数の有権者が自分は政治から疎外されていると感じており、8割以上の有権者が民衆の意見を直接的に代表するリーダーを求めているという。

議員削減への支持も、こうした心情と同根だといえるだろう。議会制民主主義は信頼されておらず、有権者は政治の閉塞感を打破するような強いリーダーの出現を求めている。議会では重要な議論は何一つ行われておらず、税金を無駄に使っているだけだと思われているのだ。つまり議員定数削減は、具体的なメリットがあるから支持されているというよりは、既成政党への懲罰として支持されている。

このような議会制への不信と強いリーダー出現の待望は、歴史上繰り返されてきた。ドイツの法学者カール・シュミットは1920年代、議会制の本質を「永遠のおしゃべり」と呼び、議会は決断能力を欠いていると論じた。

それに比べてシュミットが評価したのは、「強いリーダー」のムッソリーニ率いるイタリア・ファシズムだった。議員がそれぞれの有権者の利害を代表するに過ぎないのに対して指導者は民衆を直接的に代表する。指導者は決断をすることができる。民衆はその決断に対して議論ではなく、イエスかノーで判断する。議会主義の後に来る体制はこのようなものになるだろうとシュミットは予想した。

貴族制から徐々に進化して成立した議会制を特権階級の遊戯とみなす考え方も当時から存在していた。第一次世界大戦の後遺症や世界恐慌などの影響もあり、政治不安が続くと、ヨーロッパ諸国は次々と議会制を捨てていくようになる。

しかし、議会制を否定して成立した体制は、その全てがファシズムあるいは何らかの権威主義体制に落ち着くことになった。ヨーロッパはこの流れを止められぬまま、第二次世界大戦に突入していく。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、米株高を好感 ファストリ

ワールド

訂正ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩

ワールド

英首相がトランプ氏と会談へ、月内のスコットランド訪

ワールド

米国務省、人員削減計画を近く開始 影響受ける職員に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story