コラム

入管法「改正」案、成立すれば日本は極右の理想郷になる?

2021年05月10日(月)06時31分
1日で77人を殺したノルウェーの大量殺人犯ブレイビク

1日で77人を殺したノルウェーの大量殺人犯ブレイビクにとって、日本は理想の国家だった(写真は2017年、ノルウェーの法廷で) NTB Scanpix/Lise Aaserud via REUTERS

<排外主義的な動機からノルウェーで77人を殺害したブレイビク受刑者は、多文化主義に否定的な理想国家として日本と韓国を挙げていた。日本政府はまるでその完成を急いでいるようだ>

2021年5月現在、問題点が多いとして批判が集まっている入管法「改正」案が国会で審議されている。7日の委員会採決は見送られたものの、政府与党は今国会で成立させる意志を崩していない。

「改正」案で特に問題視されているのは次の点だ。入国管理局に収容されている人々の中には難民のような、様々な事情があって国に帰ることができない人が多数含まれている。日本も加入している難民条約では、そうした人々の安全が確証されない限り、強制的に帰国させてはいけないことになっている。しかしこの法案では、そうした人々が強制送還を拒んだ場合に刑事罰を与えることが可能となる。さらに、条約に反して、外国人を一方的に強制送還することができる例外規定も設ける。

条約に従えば、難民認定を申請している期間は強制送還できない。しかし新法では、難民申請中の送還停止は2回までと制限が設けられている。何度も申請を繰り返して難民として認められた人も少なくない現状で、この規定を設けることは人道的にも問題が大きい。難民だろうがなんだろうが、とにかく外国人を締め出すことありきで設けられた制限といってよい。

この法案は、日本政府は今後、難民を保護しないことを宣言しているも同然であり、国内の専門家や支援者、野党のみならず、国連の専門家や難民支援の国際NGOからも、人権規約に違反するとして批判が集まっている。

不十分な難民受け入れ

入管法「改正」案に批判が集まっているのは、法案の酷さだけでなく、現状でも十分非人権的な日本の入管制度をさらに改悪するものだからだ。たとえば、日本が2019年に受け入れた難民の数は44人だ。同年のドイツは5万人、フランスが3万人、カナダが2万人、アメリカも4万人を受け入れている。他の欧州諸国も、数千から数万、小国でも数百人単位で受け入れている。日本はこうした国々と比べると、難民認定者数が桁違い、いや三桁違いに少ないのだ。

この三桁違いに少ない難民受け入れ数を支えているのが、難民認定率0.4%という驚異的な低さだ。ドイツの難民認定率は25%、カナダは50%を超えている。日本に来る外国人だけが特異に難民かどうか怪しい人々だというわけではないだろう。ということは、日本は多くの難民を取りこぼしていることになる。その取りこぼした難民を、相手の事情にかかわらず強制送還してしまおうというのだから、国際的な批判が集まるのは当然だろう。

ドイツはナチス政権下で行われたホロコーストの反省から、難民の支援に力を入れている。難民の庇護を体系的に定めたアジール法の語源は、聖なる領域における人身保護を定めた中世の制度に由来する。日本にも「無縁」などとよばれていたアジールのような制度はあって、歴史家網野善彦の研究によって一般的にも知られている。しかし現在、国を追われた難民たちにとって、日本はアジールではない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story