コラム

「ガイア理論」のラブロック博士が死去、いま振り返る成り立ちと意義

2022年08月02日(火)11時25分
ジェームズ・ラブロック博士

「地球が1つの生命体」というアイディアは、クリエイターの想像力を刺激し、文学や映画にも影響を与えた(写真は2002年3月のラブロック博士) By History of Modern Biomedicine Research Group,CC BY-SA 4.0

<ガイア理論を博士は「大気科学者には歓迎され、地球科学者には慎重な態度を取られて、生物学者には批判された」と回顧した。英国で最も尊敬される科学者が遺したメッセージとは>

地球そのものを1個の生命体とみなす「ガイア理論」を提唱した英国の環境科学者ジェームズ・ラブロック博士が、先月26日に亡くなりました。この日は博士の103歳の誕生日でした。

ガイア理論は、「地球の自然環境と生物が相互に影響を及ぼし合いながら、自己調節システムを作り上げている」とする説です。この考え方は、後に地球システム科学、生物地球化学などの新しい学問分野を生み、文学や映画などに大きな影響を与えました。けれど非科学的な概念だとの批判も多く、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい理論とも言えます。

NASAでの経験から「惑星と生物の相互作用」を意識

ガイア理論の成り立ちと意義を概観しましょう。

ラブロック博士はロンドン郊外のレッチワースに生まれました。レッチワースは、ロンドンの人口増加に伴って20世紀初頭に英国で最初に都市計画に基づいて作られた街と知られています。

マンチェスター大で化学を学んだ後、ロンドン大衛生熱帯医学大学院で医学のPh.D.(博士号)を取得。その後、米国のいくつかの大学で研究を従事した後、博士は1961年にアメリカ航空宇宙局(NASA)に就職します。ガイア理論を提唱したのは、NASAで働いていた頃です。

NASAでのラブロック博士の仕事は、地球外惑星の大気と地表の分析装置の開発でした。仕事を通じて、博士は火星の大気組成に興味を持つようになります。惑星に生命活動がある場合は、地球のように大気組成に影響があるはずです。実際の火星大気は化学平衡に近い安定した状態で、生命の不在を示唆しました。

NASAに勤めたことで、博士は惑星と生物の相互作用を強く意識するようになりました。

「地球が形成されてから現在までの間に太陽の光度は30%増加したのに、生物は気候を許容できる状態にした。生物が彼ら自身の利益のために地球大気を調節したのだ」

このように考えたラブロック博士は、この理論を「自己統制システム」と名付けました。後に英国の小説家ウイリアム・ゴールディングが、ギリシア神話の大地の女神「ガイア」にちなんで「ガイア理論」と呼ぶように提案しました。

ガイア理論は1965年頃に提唱されました。博士は、この理論は、米国の生物地球化学者のアルフレッド・レッドフィールドとジョージ・イヴリン・ハッチンソンの研究を基にしていると語っています。

「大気科学者には歓迎され、地球科学者には慎重な態度を取られて、生物学者には批判された」と博士は回顧します。実際に、『利己的な遺伝子』の作者として高名な英国のクリントン・リチャード・ドーキンス博士や米国のフォード・ドゥリトル博士らの進化生物学者や分子生物学者は、「ガイア理論は目的論的で、生命の自然淘汰がどのように環境に影響を与えるのかが不明だ」と指摘しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 7
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story