中国がちらつかせる「琉球カード」の真意
INVOKING HISTORY
琉球王国の繁栄をしのばせる首里城(写真は2019年の火災前) AFLO
<「台湾シフト」の日本に沖縄帰属問題で揺さぶりをかける習近平と中国のやり方は有効か>
▼目次
米軍基地をめぐる不満に便乗
日米の結束が抑止のカギに
「私が(福建省の)福州で仕事をしていたとき、福州には琉球館や琉球墓があり、琉球との交流の根源が深いことも知っていた」。中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が2023年6月に、歴史資料などを所蔵する北京の中国国家版本館を訪れ、16世紀に明王朝が琉球(現在の沖縄)に派遣した使節が残した中国外交文書について説明を受けている際の発言だ。
この発言は「就任以来初の琉球諸島に関する言及」として国際的な注目を浴びた。その一方で、日本の台湾政策への対抗策、あるいは中国の「琉球地位未定論」(サンフランシスコ講和条約を無効とし、従って沖縄が日本に帰属するという日本の主張も無効とする方針)の一部とも考えられる。もっとも、このアプローチで沖縄の人々の感情に直接訴えかけられる可能性は低い。
むしろ、中国の沖縄をめぐる偽情報拡散は、中国の周辺地域に対する戦略的ビジョンにおける沖縄の変わらぬ重要性を裏付けている。沖縄は1945年以来、太平洋におけるアメリカの前方プレゼンスの要衝となっているが、米政府の同盟国へのコミットメント低下は、中国の作戦が日本の主権だけでなく日米同盟への挑戦であることを示唆している。
習が目にした文書は、中国と沖縄の何世紀にも及ぶ朝貢関係に由来する。14世紀後半、新たに成立した明王朝(1368~1644年)は、琉球王国から朝貢を受けるようになった。明は海上交易を指定した朝貢国のみに限定する「海禁政策」を取り、琉球はその特権的仲介者となった。
このやり方は大きな繁栄をもたらし、1609年、この富と特権に目を付けた薩摩藩(現在の鹿児島)が琉球に侵攻、実質的宗主国となった。
以後、琉球は中国と日本の二重の支配下に置かれた。薩摩は王位継承をはじめ琉球の内政にかなりの支配権を握り、琉球の王たちは最終的に徳川幕府に従うことになった。しかし中国はこの新たな政治体制を知らず、琉球を朝貢国として扱い続けた。
この二重の従属が幕を閉じたのは19世紀後半。明治維新後の1871年、廃藩置県に伴い琉球は鹿児島県の管轄となって実質的に日本の直接支配下に置かれ、王位は廃止された。
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