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トランプはなぜ南アフリカをいびるのか。「白人ジェノサイド」や「白人難民」というでっち上げの動機

Trump’s Afrikaners are South African opportunists, not refugees: what’s behind the US move

2025年5月22日(木)18時47分
ロジャー・サウソール(南アフリカ・ウィツウォーターズランド大学社会学教授)
ホワイトハウスのトランプとラマポーザ

ホワイトハウスで突然、白人差別を糾弾する南アのデモの動画を突きつけられて驚く南アのラマポーザ大統領(左、5月21日) REUTERS/Kevin Lamarque

<南アでは白人が迫害されていると誹謗中傷を繰り返すのは、キリスト教右派を喜ばすためなら他国の真実も苦難の歴史も踏みにじる外道のやり口>

南アフリカの人々は、市民を支配し操作するために政府が言葉の意味をねじ曲げるジョージ・オーウェル的欺瞞に敏感だ。

南アフリカ政府は1952年に「原住民の通行証廃止及び書類調整法」という法律を制定したが、実際にはこれは16歳以上の黒人に通行証の携帯を義務づけて移動の制限を拡大する内容だった。1959年に可決した「大学教育拡大法」は、黒人学生が白人向けの大学に登録するのをより困難にするものだった。

そんな経緯を知っていれば、アメリカ政府が59人のアフリカーナー(オランダ系など南アフリカの白人を指す)を「難民」として受け入れ、彼らが5月12日、アメリカに到着したことに、南アフリカの人々がそれほど驚かないのも当然だろう。米政府は、彼らが白人に対するジェノサイド(集団虐殺)などの迫害から逃れてきたと主張している。

◾️5月12日、南アフリカからアメリカに到着した「白人難民」
newsweekjp20250522093747.png Reuters/YouTube
報道によれば、普通は何年もかかる難民審査を3カ月で済ませてやってきた。理由は人種差別、集団虐殺の危険だ→動画で見る

ドナルド・トランプ米政権は、この主張がまったくの作り話であることを十分承知している。南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領が言うように、白人に対するジェノサイドを示す証拠は一切ない。

パレスチナ人への冒涜

確かに南アフリカは、世界でも最も殺人率が高い国の一つだ。だがその主な被害者は白人ではなく貧しい黒人であり、白人が迫害されている事実もない。黒人も白人も、その人権は、憲法によって守られている。近頃の合衆国憲法とは異なり、南アフリカの憲法は単なる紙きれではなく、裁判所も機能している。

トランプが主張する通り白人に対するジェノサイドが行われているなら彼らの人口は減っているはずだが、実際には1994年以降、南アフリカの白人人口は絶対数で緩やかに増加し続けている。

パレスチナ自治区ガザの人々が日々、イスラエル政府と軍による飢えと殺戮に晒されていることを思えば、南アフリカの白人を「難民」扱いすることは、現実にジェノサイドの対象となっているガザの人々に対する侮辱でさえある。

なぜこんなことになっているのだろうか?

難民創造の「動機」は何か

多くの論評が、トランプ政権の「動機」を正確に指摘している。

第一に、トランプ政権はアメリカ政府や社会に広がる「多様性、公正性、包摂性(DEI)という専制」を攻撃している。その背景には、トランプが自身の政治基盤である白人のキリスト教保守派である福音派にアピールする狙いがあると批判派は言う。

アパルトヘイト(人種隔離政策)が廃止された後の南アフリカが、良くも悪くも国際社会からDEIの模範国家と見なされ、同国の憲法が非人種主義と多様性を基本理念に掲げていることが、トランプ政権の標的にされた理由だろう。

第二に、アフリカーナーを「難民」と位置づけることには、「少数派の白人を多数派の黒人政府が支配する」という図式に耐えられないトランプの支持基盤の被害者意識を煽り、結束を強める狙いがあると考えられる。

そして第三に、南アフリカ政府は2023年12月、イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区で「ジェノサイド行為」を繰り広げていると主張し、国際司法裁判所(ICJ)に訴えている。トランプはその報復をしている。アメリカのキリスト教右派にとってイスラエルとはユダヤ人が「約束の地」に帰るという聖書の預言が成就した証であり、そのイスラエルを提訴することは受け入れがたいことだ。

トランプは、いつもの虚言を駆使して南アフリカを攻撃できると思っている。そして実際そうするだろう。ただし彼らしいのは、支持基盤に迎合する一方で、経済的利益も南アから引き出そうとしている点だ。

適応した白人とそうでない白人

では、問題の59人の白人たちはどうなのか。なぜ彼らはアメリカ政府から与えられた機会を受け入れたのか?

南アフリカのメディアはもっぱら、アメリカには行かないと言う白人ばかりを取り上げた。彼らが南アに残るのは「ここが故郷だから」であり、少なくとも表向きは、南アが人種的に平等な民主国家になったことを理由に挙げる。

拙著『南アフリカの白人と民主主義』でも詳述したとおり、アフリカーナーや白人は民主化後の南アフリカで単に生き延びただけでなく、むしろ経済的に成功してきた。旧アパルトヘイト体制下で権利や地位の基準だった「人口集団」としての白人は、南アの民主主義に積極的に参加している。他の人種集団に比べて選挙への参加意欲が高く、主要野党の民主同盟(DA)を通じて議会や自治体にも多くの代表を送り出している。

だが、トランプが「難民」と呼ぶ59人の動機を推測するには、さらに以下の点に留意する必要がある。

第一に、彼ら個々の事情がわからない限り、家族や人生の記憶を捨ててまでアメリカに渡った理由を正確に知ることはできない。

第二に、1994年のアパルトヘイト撤廃以降、大半の白人は現実に適応してきた。雇用面で黒人を優遇する「雇用の平等政策」に対しては強い不満を持っているが、就職率は常に高く、民間部門では役職に就く者が多い。

その反面、職場や郊外の自宅など、白人だけの空間に閉じこもって生活している人も少なくない。1994年以降の政治的・経済的な変化を受け入れられずにいる少数派も存在する。武装した極右勢力はすでに鎮圧されたが、今回の59人は、可能な限り「白人だけの世界」に引きこもることで現実に抗う、より広い「消極的抵抗層」に属していると考えられる。

第三に、白人の多くは現在も経済的に成功しているが、一方で教育をほとんど受けていない貧困白人層が再び出現しており、彼らは雇用の平等政策によって雇用市場から排除されていると感じ、民主化によって人種的な特典を失ったことにも不満を抱いている。

移住希望の機会主義者

こうした事情を踏まえても、なお興味深い疑問が残る。

おそらく、59人の白人は、なんらかの理由で南アを離れたかった白人層なのだろう。

しかし通常移住するには、学歴や職歴の証明、就労先の確保、一定の資金準備など、さまざまな条件をクリアする必要がある。感情的なコストはさておき、移住は誰にとっても簡単な選択ではない。

だが今回の59人は、民主化をどうしても受け入れられない少数派のほか、「難民」としての地位を利用して移住の近道を手にしたかった機会主義的な人々だったのではないか。

The Conversation

Roger Southall, Professor of Sociology, University of the Witwatersrand

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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