最新記事
感染症

「歩く肺炎」の恐怖、耐性菌大国に忍び寄る子供たちのマイコプラズマ肺炎危機

Another Deadly Outbreak?

2023年12月4日(月)20時28分
アニー・スパロウ(米マウント・サイナイ医科大学助教)
中国の新たなパンデミック耐性菌

北京の小児病院前で不安そうな表情で帰路に就く人々(11月27日) TINGSHU WANGーREUTERS

<初夏から感染拡大が止まらない。アメリカの10倍という抗生物質漬けの中国社会がもたらす薬剤耐性菌による肺炎流行に、新型コロナの重複感染リスクが加わった>

北京をはじめとする中国の大都市の病院は今、肺炎やそれと似た症状を示す子供であふれ返っている。

これについて中国政府は、新たな病原体は見つかっておらず、季節性の風邪が例年より増えているにすぎないとしている。

そしてWHO(世界保健機関)は、新型コロナウイルス感染症のときの苦い経験を忘れたかのように、中国の説明をうのみにしている

中国の説明が全て嘘だと言うつもりはない。今回の肺炎が、新しい病原体によるものではないらしいこと(あるいはそれを隠しているのではないらしいこと)は、確かに一定の安堵をもたらしてくれる。

だが、中国ではもっと大きな脅威が拡大している恐れがある。一般的な(しかし致命的になり得る)病原菌が、抗生物質(抗菌薬)の効かない細菌に変化する事態を放置している可能性があるのだ。

SARS(重症急性呼吸器症候群)や新型コロナの発生初期に、中国政府が情報を隠蔽したことが、パンデミックの大きな一因になったことを考えると、今回も中国政府が情報を隠蔽しているのではないかと疑いたくなるのは無理もない。

4年前の新型コロナの発生初期、中国政府は新たな病原体の可能性をWHOに報告せず、報告後も空気感染は起きていないと主張した。

その嘘を貫くために、懸念を表明した医師を処分し、現場の医師たちに外国の専門家との情報交換を禁止した。

子供に効く抗生剤がない

統計の信憑性も乏しい。

中国政府は依然として新型コロナによる死者は約12万人としているが、独立した調査では拡大初期だけで200万人を超えたとの見方もある。そして今、中国の医師たちは再び箝口令を敷かれている。

このため何が起きているのか厳密には分からないが、入手できる情報から一定の推測はできる。

子供の入院が急増しているのは、マイコプラズマ肺炎のためだ。

その病原菌は1938年に発見されたが、細胞壁がなく、小さかったため、長い間ウイルスだと考えられていた(細菌は自己複製能力がある微生物だが、ウイルスにはこうした生命活動がなく、細胞を宿主とするため細菌より小さい)。

やがてマイコプラズマ肺炎菌は非定型細菌であることが明らかになったが、珍しい特徴のため、ほとんどの抗菌薬(細胞壁の合成を邪魔することで効果を発揮する)が効かない。

70年代のワクチン開発の試みは失敗に終わったが、致死率が低いこともあり、新たな開発の取り組みはないまま現在に至っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アメリカ経済学会、サマーズ元財務長官を活動から排除

ビジネス

豪インフレ、予想以上に長期化なら金融政策に影響も=

ワールド

「戦争の恐怖」から方向転換を、初外遊のローマ教皇が

ワールド

米ブラジル首脳が電話会談、貿易や犯罪組織対策など協
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 6
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中