最新記事
イラン

イスラエルでもハマスでもない「この戦争の勝者はイランだけ」...想定される3つのシナリオとは?

NO WINNER BUT IRAN

2023年10月19日(木)09時30分
アーロン・ピルキントン(米空軍中東担当分析官)
首都テヘランでハマスの対イスラエル攻撃に喝采を送る市民

強固な連帯:イランの首都テヘランでは、ハマスの対イスラエル攻撃に市民が喝采を送った(10月7日)MAJID ASGARIPOURーWANAーREUTERS

<想定される3つのシナリオ全てで利益を得るのはイラン。イランが「最後に笑う」のはなぜか?>

イスラエルとハマスの間に勃発した紛争の勝者は一者しかいない。ただし、それはイスラエルでもハマスでもない。

パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスは10月7日、イスラエルに数千発のロケット弾を発射。パレスチナの武装組織「イスラム聖戦」の戦闘員と共にイスラエルに侵入し、多くの市民を殺害した。

これを受け、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はハマスに宣戦を布告し、ガザを空爆。報復による死者は初日で約400人に達した。

 
 
 
 

今後、双方の犠牲者はさらに増えるだろう。だが、戦いが終わったときに利益を得るのは一国のみ。それはイランだ。既に一部のアナリストは、イスラエルへの奇襲攻撃にイランが関与していた可能性を指摘している。少なくともイランの指導層は、今回の攻撃への支持を表明した。

今のイランの外交政策を形づくったのは、1979年のイラン革命だ。独裁体制を敷いていた親米派のモハマド・レザ・パーレビ国王を打倒して誕生したシーア派の革命政権は、反米・反帝国主義と反イスラエル・反シオニズムを鮮明に打ち出した。

イラン指導層に言わせれば、この革命は自国の腐敗した君主制を倒しただけではない。標的は世界のあらゆる場所の圧政と不正義であり、特にアメリカが支持する国々だった。

その代表格がイスラエルだ。イランの指導層にとってイスラエルとアメリカは不道徳と不正義を体現し、イスラム社会全体を、そしてイランの安全保障を脅かす存在だった。

イスラエルへの根強い反発は、同国がパーレビと緊密な関係にあり、国王の専制に関与していたことに起因する。イスラエルの情報機関モサドが米CIAの支援で設立した秘密警察SAVAK(サバク)は、王制の最後の約20年間に反体制派への弾圧を強化し、多数の国民の投獄、拷問、そして数千人の殺害に関与した。

パレスチナの解放は、イラン革命が目指したことの1つだった。イスラエルは82年、レバノンに拠点を置くパレスチナ人勢力からの攻撃に報復するため、同国に侵攻した。これを反シオニズムの旗印の下に行動を起こす絶好の機会とみたイランは、レバノンに駐留するイスラエル兵への抵抗と、中東におけるアメリカの影響力の抑制を目指した。

パレスチナの兵士も鍛えた

イランはレバノンとパレスチナの戦闘員を支援するため、「イスラム革命防衛隊」をレバノンに派遣。シーア派抵抗勢力に革命的イデオロギーやゲリラ戦術を教え、武器や資金を提供し、訓練を施した。寄せ集め集団にすぎなかった部隊は、いまレバノンで政治的・軍事的に最も力を持つ組織であるヒズボラとなった。

イランは80年代前半以来、イスラエルに抵抗する過激派組織を支援。巨額の資金援助を行う一方、自国の革命防衛隊とレバノンにあるヒズボラの拠点で、数千人のパレスチナ人戦闘員に軍事訓練を行ってきた。

イランは革命防衛隊とヒズボラを通じ、イスラム聖戦とハマスの攻撃力を鍛えてきた。この2つの組織の戦闘員は今、イスラエルとアメリカへの「抵抗の枢軸」を成すイランにとって不可欠な存在だ。

イランはアメリカともイスラエルとも、じかに相対するリスクを冒すことはできない。しかしイランが提供する武器や資金は、イスラエルに対するパレスチナ武装勢力の戦力を増強する役割を果たしている。実際に2020年以降、両者間の紛争はエスカレートし、それによる死者の数も着実に増えている。

もちろんこれは、今回のハマスの攻撃をイランが命じたという意味ではない。イランがパレスチナ武装勢力を支配しているわけでもない。彼らはイランの操り人形ではない。それでもイランの指導部は、ハマスの攻撃を歓迎した。イランにとっては好都合なタイミングであり、地域におけるイランの覇権争いにプラスになるからだ。

攻撃の前の週には、サウジアラビアがイスラエルとの国交正常化への取り組みを中断したという報道があったが、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子はこれを否定していた。

ネタニヤフの出方も想定内

両国の国交正常化が実現すれば、アメリカ外交にとって指折りの成果になるだろう。例えば、20年の「アブラハム合意」に比すべきものになる。この合意はアメリカの仲介により、イスラエルとアラブ首長国連邦、バーレーン、モロッコが、イスラエルとアラブ諸国の国交正常化と平和的な関係構築を目指して署名した。

イランの最高指導者アリ・ハメネイは、アブラハム合意に強く反発。アラブ諸国による合意署名は「世界のイスラム社会に対する反逆行為」だと非難した。

ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララは、今回の対イスラエル攻撃をハメネイに同調して支持。この攻撃は「特に敵(イスラエル)との関係正常化を目指す者たち」へのメッセージだと警告した。

イスラエルが取ると予想される強硬な対応は、短期的にはイスラエルとサウジアラビアの国交正常化への取り組みを困難にし、イランの狙いにはプラスになる可能性が高い。

イスラエルの報復作戦についてネタニヤフは、3つの目標を挙げている。

①侵入者の脅威を取り除いて攻撃を受けた地域の平和を取り戻す、②ガザにいる「敵」から「莫大な代価」を取り立てる、③その他の前線も強化して「この戦争に誤って参加する勢力」がないようにする。3つ目の目標は遠回しではあるが、ヒズボラとイランへの明確な警告だ。

既にイスラエルは国境地帯を守るために部隊を動員し、ガザに激しい空爆を行っている。奇襲攻撃を実行したパレスチナ人は、近いうちに殺害または拘束されるだろう。今後イスラエルはミサイル関連施設のほか、ハマスやイスラム聖戦のメンバーの自宅を標的にする。その過程で大勢の民間人が命を落とす。

イランはこれら全てを予測しており、歓迎するだろうと私はみている。この紛争の結末には、少なくとも3つのシナリオがある。そのいずれもが、イランにとって利益となる。

第1に、イスラエルの強硬な対応はサウジアラビアなどアラブ諸国を、イスラエルとの国交正常化への動きから遠ざける可能性がある。

第2に、イスラエルがガザ地区のさらに奥深くへ侵攻すれば、東エルサレムやヨルダン川西岸地区でパレスチナ人による新たな反乱が起き、イスラエルのさらなる不安定化を招きかねない。

第3に、ネタニヤフが自ら掲げる①と②の目標を必要最小限の武力で達成し、暴力拡大のリスクが減少する可能性はあるが、その見込みは薄いだろう。仮にそれが実現しても、今回の攻撃を招いた根本原因や、イランがその過程で果たした役割への対処はなされないままになる。

次にイスラエルとパレスチナの間に暴力が発生したなら、イラン指導層は「うまくいった」と再び大喜びするのだろう。そして、暴力は必ずまた起こる。

(この記事は筆者個人の見解であり、米国防総省や米空軍をはじめ、いかなる機関や組織の公式の立場も反映するものではない)

The Conversation

Aaron Pilkington, PhD Candidate at Korbel School of International Studies, University of Denver

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

円が対ドルで5円上昇、介入観測 神田財務官「ノーコ

ビジネス

神田財務官、為替介入観測に「いまはノーコメント」

ワールド

北朝鮮が米国批判、ウクライナへの長距離ミサイル供与

ワールド

北朝鮮、宇宙偵察能力強化任務「予定通り遂行」と表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中