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なぜガザは監獄になったのか...ハマス本拠地の歴史をひもとく

THE HISTORY OF GAZA

2023年10月18日(水)12時30分
マハ・ナサール(アリゾナ大学准教授〔アラブ史〕)
ガザ地区

REUTERS/Ibraheem Abu Mustafa

<イスラム原理主義組織ハマスを生み出したパレスチナ自治区ガザ地区の過去と未来>

ガザを完全封鎖せよ──。10月7日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスによる奇襲攻撃を受けたイスラエルの政府は、直ちにそう決定した。強固な壁が張り巡らされ、既に「世界最大の野外監獄」と呼ばれるガザに、食料や電気、さらには水の供給も全て停止せよというのだ。

一体ガザとはどういう場所なのか。なぜ、ハマスの本拠地となったのか。こうした問いに答えることが、今後エスカレートの一途をたどると思われる紛争の重要な歴史的背景を理解する助けになるはずだ。

ガザは、地中海の東の突き当たりに位置するイスラエルの、最南端にある海沿いの地区だ。面積はアメリカの首都ワシントンの約2倍で、西側は海、北と東はイスラエル、そして南側はエジプトに囲まれている。

ガザは昔からパレスチナと呼ばれてきた地域の一部で、古くから貿易港として栄えた。パレスチナは20世紀初めまでオスマントルコの統治下にあり、イスラム教徒とキリスト教徒のアラブ人が住んでいた。第1次大戦でオスマントルコが解体すると、イギリスの委任統治領となったが、ガザの知識人の間ではパレスチナの民族自決運動が起こった。

運命を変えたイスラエル建国

第2次大戦後の1948年に、パレスチナがあった場所にイスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国とイスラエルの間で第1次中東戦争が起きた。このときイスラエルがパレスチナ南部の29の村を空爆したため、住民数万人がエジプト軍の管理下にあったガザに避難してきた。

67年の第3次中東戦争でイスラエルが圧勝すると、ガザはイスラエルの占領下に置かれることになった。住民は立ち退きを強いられ、家屋を破壊され、非暴力的な反対運動さえも徹底的につぶされた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、この占領が「組織的な人権侵害」をもたらしたと指摘している。

これに対してパレスチナ側は、イスラエルの占領に終止符を打ち、自らの独立国家を樹立するため、87~93年と2000~05年の2度にわたり大規模な武力闘争を展開した。ガザでも1988年にハマスが組織され、ガザにあるイスラエルの拠点を激しく攻撃したため、イスラエルは2005年にガザから撤退した。

06年に行われたパレスチナ立法評議会選挙にハマスは政党として参加し、幅広い腐敗がささやかれていた世俗政党ファタハに圧勝した。ガザでは06年以降選挙は行われていないが、23年3月の世論調査では、選挙があったらハマスに投票すると答えた住民は45%に上った。ファタハ支持者は32%だった。

07年、ハマスはファタハの武装部門と衝突して、瞬く間に勝利し、ガザを完全に掌握した。しかし国連や米国務省は、ガザは今もイスラエルの一部との認識を変えていない。

現在、ガザの人口は200万人を超える。大多数がパレスチナ人で、約半分が18歳以下だ。6~12歳の子供の95%以上が小学校に通っているほか、地元のガザ・イスラム大学に通う学生の57%は女性だ。

ただ、生活環境は厳しく、貧困率は53%に達し、19~29歳の失業率は70%にもなる。23年の世界銀行の調査では、住民の71%が鬱や重い心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいる。その最大の原因は、過去16年にわたるガザ封鎖だ。

07年にハマスがガザを掌握すると、イスラエルとエジプトは米欧の支持の下、ガザへのアクセスを原則禁止する措置に出た。食料や燃料や建築資材の搬入は制限され、ガザの漁師がどこまで海に出られるかまで制限されるようになった。国連の調べでは23年、ガザから出ることが許されたのは月5万人だった。

一般市民に襲いかかる悲劇

長年の封鎖で、生活インフラは著しく悪化した。飲み水や医療設備も不足している。電気が使えるのは1日6~12時間で、あとは停電だ。NGO「パレスチナ人のための医療支援(MAP)」は、ガザの医療システムは「崩壊寸前」だとしている。

こうした制限は、とりわけ若者や弱者を苦しめている。病人がガザの外で治療を受けたくても、イスラエルの許可証を得られない。優秀な学生が留学のための奨学金を得ても、ガザから出る許可が出ないことも少なくない。国連の専門家は、この封鎖はガザ住民を集団的に罰する措置であり、国際法違反だとしている。

イスラエルは、ガザ封鎖は「テロやロケット弾による攻撃をはじめとする敵対行為」からイスラエル市民を守るとともに、軍民両用品がガザに運び込まれるのを防ぐために必要だと主張している。そしてハマスが暴力を放棄し、イスラエルを承認し、これまでの合意を守れば解除するとしている(ハマスはイスラエルの存在を認めていない)。

ハマス側は、この提案を一貫して拒否してきた。それどころか08年には、ガザの外側にあるイスラエルの人口密集地に対するロケット弾や迫撃砲の発射を強化した。これに対してイスラエルは08~09年、12年、14年、21年の4回にわたり大規模なハマス討伐作戦を展開した。これによりパレスチナ人4000人が死亡したが、その半分以上が民間人だった。国連によると、ガザの住宅、農業、工業、電気・水道への被害は50億ドルを超えるという。

こうした衝突はいずれも「停戦」に至ったが、どれも長続きはせず、対立の根本解決にはなっていない。イスラエルはハマスによるロケット弾攻撃を抑えようとしているし、ハマスを含む武装勢力はイスラエルの提案は信用できないと言う。ハマスが停戦に応じても、イスラエルは攻撃を続け、ガザの封鎖解除を拒んだではないかというのだ。だからハマスは、まずはイスラエルがガザ封鎖を解除するなら、長期的な停戦に応じるとしている。だがイスラエルは、ハマスが暴力をやめるのが先だという立場を崩さない。

ここ数カ月、ガザの状態は一段と悪化していた。IMFは9月の報告書で、ガザの経済見通しは「依然として悲惨」としたが、イスラエルは9月5日、ガザからの商業製品の搬出を全面停止すると発表した。爆発物が見つかったからというのが理由だが、これでガザ経済は一段と打撃を受けることになった。

ハマスがイスラエルへの奇襲攻撃を決定したのは、こうした現状を覆すためだったようだ。しかし、イスラエルによる徹底的な報復と「完全封鎖」は、ガザ市民にさらなる悲劇をもたらしている。

The Conversation

Maha Nassar, Associate Professor in the School of Middle Eastern and North African Studies, University of Arizona

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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