最新記事

インドネシア

バリ島への婚前旅行は厳禁に! 政府の侮辱や黒魔術も禁じる刑法改正案が可決

2022年12月6日(火)19時38分
大塚智彦

暮らしに残る「黒魔術」も刑罰の対象に

インドネシアでは黒魔術といわれる民間伝承が現在も各地に残り、市民生活の中で「魔術」が生きている。

通常「白魔術」と呼ばれる魔術は他人に危害を加えたり、怨嗟を実現させるものではなく「家族や知人の幸福や吉兆」を促すものとされている。

これに対し「黒魔術」は他人を不幸に陥れ、極端な場合は死を望む「負の魔術」とされ、現在も魔術師を使って商売敵や政敵、気に入らない人物の不幸を願う魔術となっている。

1998年に崩壊したスハルト長期独裁政権を率いたスハルト大統領はジャワ島の伝統的魔術師に重要な政策などの決断で指示を仰いでいたといわれるほどインドネシアの魔術は国民の生活に密着している。

今回刑法では「黒魔術」など他人の不幸を望む事例を対象に禁止しているが、実際の運用は難しいとの見方が有力だ。

「黒魔術」の効果、影響をどう裁判で実証するのかは見ものである。

またインドネシアでは「ケトック・マジック」という「魔法による自動車修理」もかつては街中で数多く営業していた。故障や損傷を受けた自動車を魔法で修理するというもので、修理中は自動車のオーナーすら外に出され、その実態は全く不明だが、故障や損傷はきちんと元に戻るといわれていた。

大統領への侮辱も禁止対象に

刑法改正案が通過可決する前日の12月5日には改正案に反対する数千人のデモが国会議事堂前などで行われた。

人権団体などは刑法改正が多くの個人の人権や自由、尊厳を侵害しているとの立場から反対しており、反対運動は全国で展開されているという。

それというのも、今回の刑法改正では大統領や副大統領、地方政府機関などへの侮辱も禁止されており、「侮辱」という極めて抽象的な事案をどう解釈するかは恣意的な判断も可能で、権力者への自由な批判、ひいては言論の自由への制限につながる危険性も指摘されている。

これは近年SNSなどでジョコ・ウィドド大統領に批判的なコメントを書き込んだ若者が逮捕されるなどの事案の頻発をも受けた条項で、治安当局による恣意的運用への危機感も高まっている。

このように今回の刑法改正は、国会ではなく国民の間での十分な議論が尽くされた結果とは到底言えず、改正法の施行は3年後とされているが、今後各地で反対運動が活発化する可能性もある。

ヤソナ・ラオリ人権相は地元メディアに対して「法案に反対するなら憲法裁判所に申し立てて欲しい」と述べて改正刑法の妥当性や人権侵害への懸念に直接言及することはなかった。「悪法も法」というがインドネシアの今回の改正刑法は「問題だらけの刑法」と皮肉られているのが現状だ。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

郵送投票排除、トランプ氏が大統領令署名へ 来年の中

ビジネス

ノルウェーSWF、ガザ関連でさらに6社投資除外

ワールド

ゼレンスキー氏、ロシアの「冷酷な」攻撃非難 「訪米

ワールド

イラン、協力停止後もIAEAと協議継続 「数日中に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する…
  • 5
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 6
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    40代は資格より自分のスキルを「リストラ」せよ――年…
  • 9
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 10
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中