最新記事

日本政治

日本政治の短絡化を進めた「闘う政治家」安倍晋三

THE LEGACY OF ABE

2022年9月29日(木)11時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

各メディアがこぞって報じた情勢調査から、安倍政権の勝利が確実であることは最初から分かっていた。秋葉原の熱気は――少なくとも政権奪回を成し遂げた12年末の衆院選に比べれば――どこか弛緩しているように私には感じられた。ある一群を除いて、である。

白地の布に黒い文字で「恥を知れ。」と書かれたのぼりを中心に、「アンチファシズム」「売国奴 安倍ヤメロ」といったプラカードが躍り、シュプレヒコールを繰り広げる人々がいた。

そのすぐ隣にいた集団は、安倍に批判的であると彼らが見なすテレビ局やキャスターを名指しして「偏向報道」プラカードを掲げ、反対派のコールに対抗するように、「安倍頑張れ」と声を張り上げ、演説に拍手を送り続けている。

会場で配られた日の丸を手に持った若い女性3人組は、ネット上で「偏向報道」と批判されることが多いTBSのカメラクルーの前にわざわざ移動して、力を込めて国旗を振っていた。困惑したような表情を浮かべたカメラマンが撮影をやめると、彼女たちもどこかに移動していった。

なるほどと得心したのは、「安倍頑張れ」と声を上げる一群の中に「安倍総理 ニッポンがんばれ!」というプラカードがあったことだ。

ここに彼らの「本音」が垣間見えた。安倍を応援すること=日本を応援する=「愛国」という彼らの思考法は、安倍批判=日本を応援しない=「反日」という思考に転じていく。

秋葉原では「安倍批判」だったが、彼らが「日本を応援しない」=「反日」と見なすものならなんでもいい。「反日」というレッテルは際限なく貼り続けることができ、時に過熱していく集団行動を束ねるスローガンとなっていく。

ほんの3年前まで右派のレッテル貼りに使われていた「反日」に、今では日本での献金を韓国の本部に流す旧統一教会の方針や、その「売国」的教義への批判という文脈が加わった。

「反日」という言葉を批判していたはずの左派やリベラルからも、旧統一教会問題に限って言えば、「反日」を使うことに対する批判は聞こえてこないか、あってもごく少数にとどまっている。自分たちの陣営に有利になる文脈ならば問題ないからだろう。

その行動原理は、秋葉原駅前に集った安倍応援団と大差がない。というより、批判する側の行動が、される側の合わせ鏡になっているように見える。

これは単に分断が生じているというより、政治の捉え方が変わってきた現象に思えるのだ。

安倍は対立軸を打ち立てることを好む政治家だった。彼自身の言葉で表現するならば「闘う政治家」像を体現した。

「悪夢の民主党政権」といったレッテル貼りで、政敵を徹底的に打ちのめすという攻撃的なスタイルは保守層からの強い支持とともに、強固な反対派を生み出した。賛成する側からは信念を貫く、反対する側からは聞く耳を持たない政治家でもあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中