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アベノミクスの生みの親が明かす安倍晋三の「リベラル」な一面

MOURNING THE REAL ABE SHINZO

2022年9月28日(水)11時20分
浜田宏一(元内閣参与、米エール大学名誉教授)

安倍氏の経済的リベラリズムは、第2次政権でより明確になった。内閣参与時代に政策論争を重ねたが、意見が対立したことは数回しかない。

ある時、春闘における政府介入の在り方について、私は「資本主義では使用者は損失を引き受けるのだから、賃金の決定権は使用者にある」と、従来の経営者的な見解を主張した。しかし、安倍首相はすぐにこう言った。「あなたは間違っている」

今は首相の言うとおりだと思う。私は伝統的な経済思想に固執し、労働者が機械に置き換えられる可能性がある技術革新を軽視していた。

インフラ整備やインセンティブだけでなく、労働者の不満を解消する政策が必要だ。安倍氏は、岸田文雄首相が進める「新しい資本主義」を先取りしていたのだ。

確かに、アベノミクスの雇用への貢献は認めても、平均的な実質賃金(インフレ調整後)は安倍氏の在任中に上昇しなかったとする批判がある。しかし、安倍氏は退任後の私との対談で年間報酬総額が35兆円以上増えたと述べ、この見方を否定した。そしてこう続けた。

「安倍家の月給が6000ドルだったとする。アベノミクスの成功で、妻が1000ドルでパートタイマーとして働く機会ができた。私の賃金が変わらなければ、1人当たりの平均賃金は6000ドルから3500ドルに減る。しかし、それは心配なことだろうか?」

アベノミクスは日本の労働市場の民主化に貢献した。新しい労働者、特に女性が多くを占める非正規労働者が増えたことで、経済の総所得が大幅に増加した。

ここでも安倍氏の主張はリベラルな経済学者のそれのように聞こえる。もちろんリベラルとか保守とかいうレッテルは、究極的には意味を成さない。大切なのは、安倍氏が日本の労働者の福祉と自国の安全保障を真剣に考えていたということだ。

銃撃時は既に首相でなかったが、大きな政治的存在だった。悲しむべきことに日本、そして世界は1人の卓越したリーダーを失ったのである。

©Project Syndicate

【関連記事】安倍晋三は必ずしも人気のある指導者ではなかった(伝記著者トバイアス・ハリス)

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