最新記事

日本

盲目のスーダン人が見た日本の「自由」と「課題」

BEYOND THE BRAILLE BLOCKS

2022年8月12日(金)14時40分
モハメド・オマル・アブディン(参天製薬勤務、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員)

magSR20220812beyondthebrailleblocks-4.jpg

HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

日本の暮らしに関する話に戻ると、視覚障害者が一人で外出できる自由の前提には、安全性が挙げられる。目が見えないとどこでどんな危険があるか分からないので、安全な社会はありがたい。貧富の差が少ないことは、日本の治安が保たれている大きな要因だと思う。

一方で、公共性の高い施設やサービスにおけるデジタル化の遅れが不自由さを招いている。多くの役所や銀行では紙の資料を前提としている。視覚障害者にとって、書類を読むこと、記入することは相当な労力を要するもの。「誰かに読み上げと代筆をしてもらえばいいじゃないか」と思うかもしれないが、それでは自分のプライバシーをさらすことになる。

せっかくマイナンバー制度があるのだから、ウェブ上で入力する形式がもっと普及することを願っている。

日本に限らず「障害者」は一くくりにされがちだが、求めるニーズは相反する場合があることも知ってもらいたい。

例を挙げれば、点字ブロックは車いすの移動を妨げる障壁になり得る。反対に、視覚障害者は段差があることで場所を覚えるので、段差がないと車道に飛び出すなどの大事故につながる危険性もある。

magSR20220812beyondthebrailleblocks-5.jpg

HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

そんなわけで、全ての人にとって便利な社会をつくるのは確かに難しい。だからこそ、今あるハードに人的なサポートがうまくかみ合うような形が理想ではないだろうか。

日本人は「高度なインフラをつくったからもう大丈夫」と思い込んでいる節があるけれど、人によって最適なサポートは違うはず。それが何なのかを皆で考えられるようになれば、より豊かな社会になるはずだ。

外国人であり視覚障害者であるという私の経験は、特殊なものかもしれない。ただ、目が見える外国人と目が見えない外国人では、決定的に違うことがある。

それは「日本語の習得が生死に関わる」ということ。目が見える外国人は、言葉が話せなくても、ジェスチャーを使って買い物をしたり電車に乗ったりすることができる。目が見えないと、どこに何があるのか分からないし、人の助けなくして生活はできない。

自分はいま困っていて、何をしてほしいのかを言葉で意思表示しなければならない。こう聞くと大変に思えるが、私にとっては日本語を習得する大きな動機になった。おかげでエッセーを書く機会などにも恵まれ、9年前には自分の半生を描いた『わが盲想』(ポプラ社)という本を出版することもできた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中