最新記事

ウクライナ情勢

プーチンの目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない 「プラハの春」と同じ手法を試みている

2022年3月12日(土)13時25分
佐藤 優(作家・元外務省主任分析官) *PRESIDENT Onlineからの転載

ロシアの軍事侵攻前の段階では、親ロシア派武装勢力はルガンスク州とドネツク州の一部を実効支配しているだけで、全域を支配してはいませんでした。しかし、ドネツク人民共和国の領土はドネツク州全域、ルガンスク人民共和国の領域はルガンスク州全域だと、両"人民共和国"の憲法は定めています。すると、支配が及んでいない地域は、ウクライナによって不法占拠されていることになります。ロシアはその"解放"のため、「友好、協力、相互援助条約」に基づいて、集団的自衛権を行使できるという理屈になるのです。

もちろん国際的に是認されるわけがありませんが、合法だという理屈を周到に組み立て、計画的に実行したことがわかります。

1968年の「ブレジネフ・ドクトリン」がよみがえった

「プラハの春」でソ連がチェコスロバキアを弾圧する際、ソ連は「制限主権論」を唱えました。「社会主義共同体の利益が毀損きそんされる恐れのあるときは、個別国家の主権が制限されることがあり得る」という論理で、「ブレジネフ・ドクトリン」と呼ばれます。これによって、ワルシャワ条約に加盟していたソ連、東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの5カ国軍のチェコスロバキアへの侵攻を正当化したのです。

今回のロシアの行動は、「プーチン版ブレジネフ・ドクトリン」に基づいていると思います。すでに社会主義共同体ではありませんが、「ロシア連邦の死活的に重要な地理学的利益に反する場合、個別国家の主権が制限されることがある」という考え方です。

これはもはや、帝国主義的な弱肉強食の論理です。ロシアの利益のためウクライナの主権が制限されるという身勝手な論理は、断じて容認すべきではありません。しかし、プーチン大統領の頭の中は、このような論理になっているのです。

プーチンのウクライナ侵攻の手順は「教科書」通り

プーチン大統領の行動を読み解くのにもうひとつ役立つのが、イタリアのジャーナリストであるクルツィオ・マラパルテ(1898~1957年)です。『壊れたヨーロッパ』や『皮』の著者で、その思想はイタリアの独裁者・ムッソリーニに強い影響を与えました。特に、ロシア革命を分析した『クーデターの技術』は重要な本です。

マラパルテは、革命には大衆運動や政党など必要ない。1000人ぐらいの専門家が水道、鉄道、電気などの基礎インフラを押さえてしまえば、政権は転覆すると書いています。今回のロシアの軍事行動は、当初マラパルテの教科書通りに進んでいました。まず、ウクライナ各地の主要な軍事インフラや通信インフラを攻撃して麻痺させ、次にチェルノブイリなどの発電所を確保したのです。

点を押さえて政権を麻痺させてしまおうという戦術に、プーチン大統領のインテリジェンスオフィサーとしての本領が出ていました。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中東情勢の影響読み切れず、足元の景気・賃上げには手

ワールド

金正恩氏の娘は後継者、「信頼できる情報」が示唆と韓

ワールド

ウクライナ、南東部と東部の前線で480平方キロ奪還

ビジネス

マツダ、中東向け生産を5月も停止 欧米向け拡大で生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 2
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙の2大テーマでAI懸念を払拭できるか
  • 3
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「攻撃的知能」を解剖する
  • 4
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの…
  • 5
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 6
    トランプ、イランに合意期限「米東部時間6日午前10時…
  • 7
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 8
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 9
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 10
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 7
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 8
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 9
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 10
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中