最新記事

経済政策

【浜田宏一・元内閣参与】MMTは「フグ料理のよう」と安倍前首相...「料理人」次第で美味にも猛毒にも

The Power and Poison of MMT

2022年1月18日(火)19時40分
浜田宏一(元内閣官房参与、米エール大学名誉教授)
ドル紙幣

Cimmerian-iStock

<インフラ整備や教育拡充のための赤字支出は未来世代にツケを残すことにはならない>

ジョー・バイデン米大統領の看板政策とも言うべき大型歳出法案BBB(ビルド・バック・ベター/より良い再建)は昨年末、民主党の身内であるジョー・マンチン上院議員が反対を表明したことで事実上頓挫した。マンチンが反対理由に挙げたのはアメリカが抱える「膨大な債務」だ。反対勢力の共和党もそれを問題にしている。大盤振る舞いで財政赤字が膨れ上がれば、未来世代が重い税負担にあえぐことになる、というのだ。

本当にそうなのか。現代貨幣理論(MMT)の信奉者は躍起になって否定するだろう。

BBB法案反対派は伝統的な均衡財政論を信じ、政府も民間企業のように収支の帳尻を合わせなければならないと主張する。だがMMTによれば、債務が自国通貨建てであれば、政府がデフォルト(債務不履行)に陥る心配はない。確かに過剰な政府支出はインフレを招くが、物価が安定している限り、政府は公共財に投資し、雇用を支えるために借金して大枚をはたいても構わない、というのである。

MMTは目新しい理論ではないが、ここ数年注目を浴びるようになった。そしてその支持者の相当部分が「熱狂的な信者」となり、批判に一切耳を貸さなくなっている。一方、主流のエコノミストは概してMMTを異端扱いし、その名を口にすることさえ忌避するような風潮もある。

繁栄を維持する手段に

MMTの熱狂的な支持者と断固たる反対派が双方とも意固地になっている限り、建設的な議論は望めない。政策に影響を受ける国民にとってこうした状況は百害あって一利なしだ。MMTは問題含みの理論だが、使い方次第で非常に理にかなった有用なツールともなるからだ。

MMTの有用な部分は、基本的には「機能的財政論」(FFT)にほかならない。1943年に経済学者のアバ・ラーナーが提唱したFFTは次のようなものだった。「自国通貨建ての債務を抱えた政府は貨幣を印刷すればデフォルトには陥らないが、インフレのリスクには直面する。それを回避するためには財政均衡を目指すのではなく、完全雇用を達成し、需要と供給のバランスを取ることが重要である」

ラーナーの考えでは、政府が賢く対象を絞って行う赤字支出は「繁栄を維持する」ための有効な手段となるのだ。

FFTに基づけば、教育やインフラ整備、再生可能エネルギーへの転換に投資するBBBは是認すべき法案となる。財源は100%税収だとバイデン政権は主張しているが、反対派が予想するように結局は借金することになるとしても、それは問題だろうか。老朽化したインフラ、お粗末な人的資源、気候変動で荒廃した地球を受け継ぐほうが、未来世代には重税以上に深刻な負担になるのではないか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6

ビジネス

KKR、航空宇宙部品メーカーをPEに22億ドルで売

ビジネス

中国自動車販売、10月は前年割れ 国内EV勢も明暗
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 10
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中