最新記事

宇宙

長期隔離実験で、火星移住には地球への反乱リスクがあることが判明

2021年12月13日(月)15時30分
青葉やまと

「彼らは外部の統治機構からの完全な独立を図るかもしれません」...... e71lena-iStock

<宇宙船での長期生活を模した複数の隔離実験において、クルー同士が団結し、管制室への反抗心を示す傾向がみられた。火星vs地球の構図も起き得る、と専門家は警告している>

宇宙開発は急速に進展しており、月あるいは火星への入植計画も現実味を帯びてきている。一方、技術の進展だけで補い難いのが人間の感情だ。閉鎖された宇宙船での長期の旅や、物資が限られた星での生活は、クルーの精神と共同生活に悪影響を及ぼす懸念がある。

こうした心理面・行動面での課題を洗い出すべく、ロシア生物医学問題研究所(IBMP)はNASAと共同で、クルーたちを人工的な閉鎖環境に置く模擬実験を行なっている。今年11月から、「SIRIUS-21」と呼ばれる8ヶ月間の長期隔離実験がスタートした。

実験に参加しているのは、ロシア宇宙飛行士訓練センターのオレグ・ブリノフ指導教官など、ロシア・アメリカ・アラブ首長国連邦から選出された男女計6名だ。

SIRIUS-21 participants prepare to launch international isolation experiment in Moscow


ロシア国営通信の『スプートニク』によると、実験ではモスクワに設けられた模擬宇宙船にクルーたちが閉じこもり、発射から月へのフライト、他のモジュールとのドッキングや探査車の操作などの作業を経て、地球への帰還までを240日かけてシミュレートする。

見知らぬ6人が共同生活

外交問題専門誌の米フォーリン・ポリシーは、米露の緊張が高まるなか、SIRIUSは貴重な共同プロジェクトになると論じている。国際プロジェクトであるだけに、文化の違いがストレスを生むこともあるようだ。例えばアメリカ側スタッフは、いつも紅茶ばかり飲んでいるロシア側クルーの習慣に戸惑ったという。こうした些細なストレスが長期の閉鎖生活に与える影響を調べることも、実験の目的のひとつだ。

8ヶ月の隔離期間中、クルーたちは分刻みの作業スケジュールをこなし、食事はフリーズドライの宇宙食、シャワーは週に1回のみという過酷な環境に置かれる。生活区画にも複数の監視カメラが置かれ、常時観察されている状態だ。米技術メディアのCNETは、「最大の夢とも最悪の悪夢ともいえる、リアリティある実験」だと述べている。

SIRIUS-21の実験は11月に始動したばかりで、クルーたちの行動の変化が観察されるのはまだ先になりそうだ。しかし、同種の実験は今回が初めてではない。過去のSIRIUSシリーズとして、2017年に17日間の隔離実験が行われ、翌2018年からは4ヶ月の長期実験が実施された。両実験でみられた傾向がこのほど論文にまとめられ、生理学の学術誌『フロンティアーズ・イン・フィジオロジー』に掲載されている。結果は憂慮すべきものだった。

管制室とのコミュニケーションが疎遠に

論文によると、2度行われた過去のSIRIUSプロジェクトでは、クルーから管制室へのコミュニケーションに変化が生じはじめた。隔離開始から17日間から120日間が経過したころが変化点になったという。

管制官に対して心情や要望などを打ち明けることが目立って減り、着陸のシミュレーションなど重要な作業時を除いては、連絡を取りたがらないようになっていった。クルー同士が密に連携して判断を行い、地上に頼らない傾向が目立つようになる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

欧州委、数日内にドイツを提訴へ ガス代金の賦課金巡

ワールド

日米との関係強化は「主権国家の選択」、フィリピンが

ビジネス

韓国ウォン上昇、当局者が過度な変動けん制

ビジネス

G7声明、日本の主張も踏まえ為替のコミット再確認=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 5

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 6

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 7

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 8

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    対イラン報復、イスラエルに3つの選択肢──核施設攻撃…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中