最新記事

北朝鮮

公用車も買えず、出国はトロッコで...北朝鮮で暮らす各国外交官のリアルな日常

The Life of Diplomats in North Korea

2021年12月10日(金)13時16分
コラム・リンチ(フォーリン・ポリシー誌外交問題担当)
ロシア人外交官一家

最後は手押しトロッコで北朝鮮を出国したロシア人外交官一家 RUSSIAN FOREIGN MINISTRY

<大使館は自家発電で必要な備品の購入すら困難。制裁のあおりを受けた、あまりに不自由な日常が国連の内部文書に記されていた>

ロシア人外交官は饒舌だった。彼の口調は軽かったから、その場にいた人々には冗談めいて聞こえたかもしれない。だが彼の話は、制裁下の北朝鮮で働く外交官が直面する難題を子細に伝えていた。

2011年9月12日のことだ。語っていたのは、駐北朝鮮ロシア大使(当時)のワレリー・スヒーニン。国連安全保障理事会の各国代表が集まる席上だった。スヒーニンは例えばこんな話をした──。

ロシア大使館は経費や職員給与の支払いのため、モスクワと北京から現金を袋に詰めて運んだ。欧米諸国の銀行が首都・平壌への送金手続きに応じないからだ。

トヨタや三菱自動車など日本の自動車メーカーは制裁違反を恐れて、大使館に車を売ることも部品を供給することもしない。独フォルクスワーゲンは、道路が舗装されていない地方のロシア領事館がジープの購入を申し込んでも、制裁で禁止されている高級品だからという理由で応じなかった──。

公用車が平壌に届いたのは2年後

「ロシア大使館が歴代の(駐北朝鮮)ドイツ大使2人に掛け合ったが、メルセデス・ベンツには大使用の公用車を売ってもらえなかった」と、スヒーニンは語った。「そこで北京のロシア大使館がベンツを購入し、国境を越えて平壌まで車を走らせた」。あれこれ算段を立ててベンツが平壌に到着するまで、かれこれ2年かかったという。

スヒーニンの発言は、北朝鮮問題に関する国連の専門家委員会による機密扱いの内部文書に記されている。そこには、他国の外交・援助関係者などの証言も含まれている。

スヒーニンに言わせれば、こうした不合理で屈辱的な事態は、北朝鮮に対する制裁の副作用だ。制裁は、その影響を受けなくていいはずの人々に大きな影響をもたらしているというのだ。不要な影響を受けているのは北朝鮮の一般市民であり、各国の外交官だという。

スヒーニンが話をした国連の会合から数カ月後、イギリスのカレン・ウォルステンホーム駐北朝鮮大使(当時)が国連本部を訪れた。彼女は国連の制裁担当者を前に、スヒーニンの発言に反論した。新車2台を中国と日本を通じて輸入することはできなかったが、「タイから運ばせるのは簡単だった。数回の電話で済んだ」と、ウォルステンホームは言った。

ただし彼女も、平壌では水道や電気の供給が不安定なので、イギリス、ドイツ、スウェーデンの大使館がある建物では自家発電機を使わざるを得ないと証言した。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米政権、デルタとアエロメヒコに業務提携解消を命令

ワールド

ネパール抗議デモ、観光シーズン最盛期直撃 予約取り

ワールド

世界のLNG需要、今後10年で50%増加=豪ウッド

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時初の4万5000円 米ハ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中