最新記事

豪中関係

中国に「ノー」と言っても無事だったオーストラリアから学ぶこと

Australia Shows the World What Decoupling From China Looks Like

2021年11月11日(木)17時49分
ジェフリー・ウィルソン(西オーストラリア大学パース米国アジアセンター研究部長)

中国のオーストラリアに対する通商上の恫喝が前代未聞の規模に達したおかげで、世界は興味深い実験を見守る機会を得た。

突然の対中デカップリングはどんな影響をもたらすのか。オーストラリアにとって、中国は輸出総額の40%を占める大のお得意さまだ。当然ながら、中国に逆らえば大打撃を受けると、誰でも思うだろう。

だが蓋を開けてみると、その影響は驚くほど小さかった。理由は「貿易転換」だ。

貿易障壁が設けられたら、企業はほかの買い手を探す。開かれた国際市場では、1国の理不尽な仕打ちで、相手国の輸出産業が壊滅することはまずない。ほとんどの場合、障壁を迂回して、新たな貿易ルートが切り開かれる。

被害は最小限に

典型例が石炭だ。2020年半ばに中国がオーストラリア産石炭の輸入を制限すると、中国の電力会社はロシアとインドネシア産の石炭を購入するようになった。結果、この2国の石炭が国際市場から消え、インド、日本、韓国はオーストラリア産石炭の輸入を増やして不足分を補った。

おまけに、世界的なエネルギー危機により、石炭価格は高騰。おかげでオーストラリアの石炭産業は、中国の狙いとは裏腹に、目下好況に沸いている。オーストラリアの基幹産業の1つである石炭産業にとって、対中デカップリングは大打撃どころか、取引先が変わる程度の調整にすぎなかったのだ。

オーストラリアの多くの産業はこの戦術で見事に危機を乗り切った。大麦はサウジアラビアと東南アジア、銅はヨーロッパと日本、綿花はバングラデシュとベトナムといった具合に、次々に新たな買い手が見つかった。ほかの部門はさらに巧妙な迂回策を取った。牛肉は中国が輸入許可を取り消していない食肉処理場を通じて引き続き中国人の食卓に上ったし、ロブスターも香港経由など裏ルートを通じて中国本土に輸出された。こうした貿易転換がクッションとなり、輸出停止の憂き目を見た産業はボディブローを受けずにすんだのだ。

その結果、豪経済を中国からデカップリングしたことの代償は、予想よりも遥かに小規模なものとなった。

豪財務省の推定によれば、中国による輸入制限で各セクターが最初の1年間に被った損失額は、累計で約40億米ドルにのぼった。だがこれらのセクターは同時に、約33億ドル規模の新たな市場を見つけており、全体としての純損失は、オーストラリアの輸出総額のわずか0.25%にとどまった。

さらに鉄鉱石の価格高騰により、オーストラリアの対中輸出額は、中国が「貿易制裁」を発動して以降、10%増えている。オーストラリアのジョシュ・フライデンバーグ財務相はこのことについて、「我が国の経済は、非常に回復力が高いことを証明している」と述べた。

もちろん、輸出先の転換が常に、強制的なデカップリングへの対処法として有効な訳ではない。オーストラリアが比較的容易に、多くの品目の輸出先を転換することができたのは、中国に輸出していた品目の多くが汎用性の高い一次産品だったからだ。中国市場向けに生産された、オーストラリア製の木材とワインについては、代わりの輸出先を探すのが困難な状況にある。テクノロジーおよび製造部門の、より複雑なサプライチェーンに関しては、デカップリングを行うのはさらに難しい。それでも、オーストラリアの経験は重要な教訓を示している。貿易のデカップリングが、そのまま貿易破壊を意味する訳ではないという教訓だ。

「中国は見かけほど怖くない」

中国の狙いが、オーストラリアをいじめて黙らせることにあるならば、貿易制裁はまったく効果をあげていない。経済的な損失がごく小規模だったことに勢いづいたオーストラリア政府は、中国に対抗する各種政策を堂々と推し進めることができるようになった。

6月に英コーンウォールで開催されたG7(主要7カ国)首脳会議で、オーストラリアの代表団は、中国が突きつけた「14項目の不満」のコピーを配布し、中国による威圧行為を暴露した。9月にはクアッド(日米豪印戦略対話)の連携強化を推し進め、さらに最も挑発的な動きとして、米英と共にインド太平洋の新しい安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」を形成した。同地域で中国に軍事的に対抗することが狙いだ。中国による威圧行為は、オーストラリアを黙らせるどころか、逆にその立場を硬化させることになったのだ。

さらに重要なことに、オーストラリアの経験は、中国とのデカップリングに関する戦略的な意味合いについて、幅広い教訓を提供している。第一に、各国政府はもう「中国との経済関係と政治的な関係を切り離すことができる」と思うべきではないことだ。政治的な関係が困難になれば、すぐに経済的な脅しに直面することになる。第二に、中国は見かけほど怖くはない、ということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

世界の大富豪の財産相続、過去最高に=UBS

ワールド

米政権、燃費規制緩和でステーションワゴン復活の可能

ビジネス

中国BYD、南アでの事業展開加速 来年販売店最大7

ワールド

インド中銀、0.25%利下げ 流動性の供給拡大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 7
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 8
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 9
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 10
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中