最新記事

日本経済

【浜田宏一・元内閣参与】国民の福祉を忘れた矢野論文と財務省

2021年10月22日(金)06時28分
浜田宏一(元内閣官房参与、米エール大学名誉教授)

「政府財政は常に均衡が必要」も誤り

国債残高のGDPに対する比率が急激に増加するのが、矢野氏の言う「タイタニックの危険」である。経済学でも、「政府の財政バランスは少なくとも長期的には均衡しなければならず、民間も財政が均衡すると期待して行動する」というリカーディアンの考えが支配的であった。しかし、政府の赤字はいつも悪いわけではない。第一に国債金利が経済成長率より低いときには国債残高/GDPの比率は増えていかない。第二に、それに近い条件であるが、実質金利が実質経済成長率より低いときには、政府の赤字が国民の福祉を高める公算が高い。第三に、矢野氏も指摘しているような民間に消費意欲、投資需要が不足して財の供給過剰で不況になっている際には、金融政策がそれらの需要を補強し、財政政策が超過需要を喚起することで国民経済は目いっぱい活動できる。これがケインズ経済学が大不況を救った原因でもある。

特に大地震の後や現在のようにコロナで国民が苦しんでいる際には、すぐに財政均衡を保とうとすると税率を上げねばならず、それが価格メカニズムに悪影響を与える。災害の時は財政赤字を出すのが財政の景気平準化説であり、当たり前の知恵である。拙著『21世紀の経済政策』(講談社)の中で、多くの論者、特に政治家がインタビューで賛成してくれたように、災害の負担は現世代でという考え方は、今苦しんでいる世代に余計な負担を課することになる。日本経済新聞が東日本大震災後に、有名な経済学者を動員して行った増税キャンペーンは非人間的であると同時に理にかなっていない。

したがって、矢野論文が立脚する経済メカニズムの考え方も誤っている。同論文では、「これはケインズ学派とかマネタリストかとか......経済理論の立ち位置や考えの違いによって評価が変わるものでなく、いわば算術計算(加減乗除)の結果が一つでしかないのと同じ」と述べているが、古今の経済学者は予算の帳尻を合わせることに専念する代わりに、どうしたら国民生活を少しでも豊かにできるかという、より広い視野から経済学を研究してきたのである。

強い権限を持ち、それゆえに成績のよい、そして行政手腕にも優れた人を集めてきた財務省が、自分の省の権限を増す増税があたかも国民の利益であるかのように説くのはコロナ禍で悩む国民にとって酷ではないだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材

ビジネス

NY外為市場=円上昇、一時153円台 前日には介入

ワールド

ロシア抜きのウクライナ和平協議、「意味ない」=ロ大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中