最新記事

ミャンマー

ミャンマー西部チン州で軍が攻勢 衝突激化、民家100軒超が炎上

2021年10月31日(日)07時33分
大塚智彦

その後民家が炎上したというが、火災は砲撃によるものと兵士らによる放火の結果で、約1万人いた住民の多くは戦闘激化の前にすでに郊外に避難しており、一部は国境を越えてインド領内に逃れたとの情報もある。

国連は大規模な人権侵害を警告

国連でミャンマー問題を担当するトーマス・アンドリュース特別報告者は22日にカチン州やチン州に軍が部隊を移動させているとの情報を受けて「大規模で残虐な人権侵害の犯罪が起きる可能性が高い」と懸念を表明。「軍の増強が伝えられる地域の住民は十分に警戒するように。我々も残虐な犯罪への警戒を怠らないようしなくてはならないが、こうした心配が間違いであることを祈る」と指摘していた。

2016年以降、ミャンマー軍による西部ラカイン州での少数イスラム教徒「ロヒンギャ族」に対する弾圧、虐殺などから「民族浄化」作戦と呼ばれ、多数が殺害され約70万人のロヒンギャ族が隣国バングラデシュに避難した事態の再来を危惧する声が高まっていたのだ。

今回のタントラン郡区などでの戦闘は29日午前10時ごろに軍の兵士が住民が避難して無人となっていた民家に侵入して略奪をはじめようとしたところ、「チンランド防衛隊(CDF)」の部隊が兵士に向かって銃撃して、戦闘が始まったという。

この銃撃戦で軍に犠牲者がでたことから、軍による本格的な反撃と砲撃が始まり、戦闘がエスカレートしたと伝えられているが、戦闘による双方の犠牲者に関してはこれまでのところ詳しくは明らかになっていない。

軍による人間の盾作戦への懸念

チン州では5月にも南部のミンダッ地方で軍による軍事作戦が行われ、このときは大規模な砲撃を市街地に加えたうえ、居住地区に通じる水道を遮断して市民生活に打撃を与える手法がとられた。

また、戦闘で拘束した住民に目隠しをした上でロープでつないで並ばせ、戦闘の最前線に配置したり、進撃する兵士らの前方を歩かせて「弾除け」とする「人間の盾」という卑劣な手段も報告されている。

このため今回軍による攻勢が報告されたタントラン郡区でも今後こうした軍による作戦が拡大するに従って、国連が指摘したような大規模な人権侵害が起きる懸念も高まっている。

こうした緊張の高まりと戦闘の激化に対して国際社会やASEANは軍政を批判する以外になんら有効な手段を持ち合わせていないのが現状で、現地からの情報が限られる中で今後のチン州などでの戦闘状況が注目されている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=反発、アマゾンの見通し好感 WBDが

ビジネス

米FRBタカ派幹部、利下げに異議 FRB内の慎重論

ワールド

カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブルージェ

ビジネス

NY外為市場=ドル/円小動き、日米の金融政策にらみ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中