最新記事

日本社会

なぜ日本男子は世界で唯一、女性より幸福度が低くなるのか?

2021年7月28日(水)20時00分
本川 裕(統計探偵/統計データ分析家) *PRESIDENT Onlineからの転載

こういう見方でグラフを眺めると、若者だけで比較した場合、各国のネガティブ感情度は、国による違いがかなり小さいことに気がつく。どんなに生活が苦しくても若者には未来があるのである。一方、高齢者のネガティブ感情度の差は大きく、高所得国ほど低くなっていることが分かる(左端のリトアニアは30超、日本は10弱)。

そして、働き盛りの年齢(「―」の数値)では、ネガティブ感情度は若者と高齢者の中間である場合が一般的である。

しかし、米国より右に位置する国では、おおむね、若者や高齢者の両方より働き盛り年齢のネガティブ感情度のほうが高くなる傾向にある。これは、子どもや高齢者を大切にする社会保障の発達した国でも、仕事や子育て、介護などに伴う働き盛りの年齢の悩みは消えない(あるいはむしろ大きくなる)からだと考えられる。

消極的に天命に安んじる態度には、我々は懐しみを覚えさせられる

さて、改めて日本の位置を確認しよう。高齢者のネガティブ感情度は最も低いほうから2番目である。高齢者のネガティブ感情度は、高福祉社会と言われる北欧諸国が世界で最も低く、それに伴って年齢差も最も低くなっているが、日本もこれに伍しているのである。

少なくとも感情の状態からは、日本は高福祉社会の域に十分達しているといえよう。しかも、日本の高齢人口の割合は世界でもっとも高い点を考慮すれば、よくやっていると評価せざるをえない。

もっとも日本の社会保障の充実度が北欧並みと考えるのは少し行き過ぎの見方かもしれない。むしろ、諦観という日本人の習性に理由を見出すべきなのかもしれない。

正宗白鳥は永井荷風を論じた評論のなかで荷風を含め老境にある日本人について、こう言っている。

「外国人のうちには、老境に達して落伍しても、天を怨まず人を嫉まず、与えられた境遇を楽む者は甚だ稀なようだが、日本では古来都鄙を通じて、そういう気持の老人が少なくなかった。伝統的日本気質の現れであって、この消極的に天命に安んじる態度には、我々は懐しみを覚えさせられるのだ」(『作家論』岩波文庫、p.331)。

学歴による格差が幸福度の差に結びつかないようなメカニズム

最後に、学歴とネガティブ感情度(幸福度)について見てみよう(図表4参照)。

chart04.jpg

日本は、中等教育卒業者のネガティブ感情度(「―」の数値)がメキシコに次いで低く、初等教育卒業者(「▲」の数値)の場合は最も低くなっている。そして、こうした状況によって学歴差が最も小さい国の一つである。また、初等教育卒業者のほうが高等教育卒業者(「●」の数値)よりネガティブ感情度が低いという国は日本だけである。

学歴と階級・職種・所得は密接に関係しており、これを背景に、世界ではネガティブ感情度は低学歴の者ほど高く、高学歴の者ほど低いというのがスタンダードである。ところが、ここでも日本は学歴の差が幸福度に比例しないという例外的な特徴をあらわしているのである。

理由としては、実際に学歴による所得や生活水準の格差が小さいからかもしれないし、あるいは、学歴による格差があってもそれが幸福度の差に結びつかないようなメカニズムが働いているからかもしれない。私は、年齢差の場合と同じように、日本の場合は、前者だけでなく後者の側面も大きいのではないかと考えている。

いずれにせよ、以上のように、「感情状態」から見た幸福度について、男女差、年齢差、学歴差を見る限り、日本人ほど"よい方向"に世界の常識が当てはまらない国民はいないのだといえよう。こうしたデータからは、日本は「奇跡の国」と見なされてもおかしくはないのである。

本川 裕(ほんかわ・ゆたか)

統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会

ビジネス

タイ中銀、金取引への課税検討 バーツ4年ぶり高値で

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇 「リスク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中