最新記事

中東

パレスチナの理解と解決に必要な「現状認識」...2つの国家論は欺瞞だ

The False Green Line

2021年5月18日(火)19時04分
ユセフ・ムナイェル(米アラブセンター研究員)

この間、イスラエルは巨費を投じてヨルダン川西岸の入植を進め、点在する入植地の連結に邁進してきた。結果、今やそこに住むパレスチナ人のコミュニティーは寸断され、互いの行き来もままならない。俯瞰すれば、西岸ではパレスチナ人とイスラエル人が共存しているように見えるだろう。しかし現実には、イスラエル人が完全な市民権を享受しているのに対し、パレスチナ人は権利を制限された2級市民にすぎず、全く市民権を認められていない場合すらある。

イスラエル領内に住むパレスチナ人は国家に脅威を与える存在と見なされ、法の下でイスラエル人と平等な扱いを受けることはない。ヨルダン川西岸で暮らすパレスチナ人はイスラエル軍の支配下にあり、イスラエル政府に対しては何も言えない。エルサレムにいるパレスチナ人は完全に隔絶された状況に置かれているし、ガザ地区はイスラエル軍によって包囲され、そこに暮らすパレスチナ人は巨大な青空監獄に閉じ込められているに等しい。

210525P30_PNA_02.jpg

東エルサレムの「再開発」を進めるイスラエル側とパレスチナ住民が今回も激しく衝突 AMMAR AWADーREUTERS

グリーンラインの甘い誘惑

これがイスラエル人とパレスチナ人の現実なのだが、国際社会の一部は今も1949年の停戦協議で設定された双方の境界線、いわゆるグリーンラインにこだわっている。当時、紙の地図に緑のインクで乱暴に引かれた線だ。それは初めから地図上にしか存在しなかったが、今は地図からもどんどん消えている。

イスラエルがヨルダン川西岸とガザ地区、そしてエルサレムを占領した数カ月後の1967年10月30日、当時のイスラエル入植地委員会を率いていたイーガル・アロンは、イスラエルの公式地図からグリーンラインを削除するよう指示している。

国際法の下で、グリーンラインは「一時的」な占領地を示すものとされていた。しかしイスラエル国家はそれを無視し、占領という言い方も拒み、その地を恒久的に併合する方向へ突っ走った。

ある意味、グリーンラインには甘い誘惑があった。例えば国際法の正義を掲げて、いつの日かパレスチナ国家を建設する土地を地図上に明示する役割があった。だが現実には、それは国際社会が責任を放棄し、政治的に不都合な現実から目をそらすために利用されてきた。

例えばアメリカ。民主党の支持層にはイスラエルの対パレスチナ政策に反発する層が多い。そのため、同党の幹部らはイスラエル政府への不快感を示す手段として「二つの国家」論を口にしてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、台湾への武器売却承認 ハイマースなど過去最大の

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電

ワールド

中国、海南島で自由貿易実験開始 中堅国並み1130
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中