最新記事

ドイツ妄信の罠

日本が「普通の国」を目指すのは正しい 間違っているのはプロセスだ

THE GERMAN-JAPANESE GAP

2020年11月1日(日)17時04分
イアン・ブルマ(作家・ジャーナリスト)

Takosan/ISTOCK

<安倍前首相の誤りは、憲法を書き換えさえすれば日本が「普通の国」になれると考えたことだ。本誌「ドイツ妄信の罠」特集より>

ドナルド・トランプが4年前のアメリカ大統領に当選したとき、日本の安倍晋三前首相は世界の首脳の中でいち早く、そしていささか大げさに祝福した。

安倍がゴルフ場でトランプにお世辞を言っていたのとは対照的に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相の態度はかなり冷ややかだった。メルケルはトランプへの祝辞の中で、民主主義、法の支配、人種・性別・性的指向の平等といった理念を共有するのであれば、ドイツは次期政権と力を合わせたいと述べた。

なぜ、日独の首相のトーンにこれほど明確な違いが表れたのか。

20201103issue_cover200.jpg

当然、実利的な理由もある。ドイツはNATOとEUのメンバーだ。それに対し、日本は自国の安全保障を日米安保体制にほぼ全面的に依存している。安倍としては、自由や人権についてアメリカに説教することで、アメリカとの良好な関係を脅かす事態は避けたかったのだろう。

そもそも、安倍はメルケルより保守的な政治家だ。しかも、反対を押し切って1960年に日米安保条約を強化した岸信介首相(当時)の孫であることに誇りを持っている。

安倍が首相として目指した目標の1つは、日本を「普通の国」にすることだった。具体的には、過去の罪に手足を縛られずに、必要に応じて軍事力を行使できる国になりたいと考えていた。

そうした国への転換に、ドイツは既に成功しているように見える。第2次大戦後のドイツの歴代指導者は、ナチス時代の罪を償い続けてきた。1970年、当時の西ドイツのウィリー・ブラント首相は、多くのユダヤ人が悲惨な死を遂げたポーランドの首都ワルシャワのゲットー跡地でひざまずいて黙禱した。指導者のこうした行動は、ドイツが近隣諸国の信頼を取り戻すために必要なものだった。

日本の指導者の中には、村山富市元首相、河野洋平元官房長官、そして平成時代の天皇(現在の上皇)など、アジアでの日本の評判を取り戻すためには過去の罪に対する公的な謝罪が必要だと認識していた人たちもいた。しかし、そうした指導者の謝罪の言葉が持つ効果は薄らいでしまった。保守派の政治家が謝罪を批判したり、否定したりしたためだ。

なぜ、ほかのアジア諸国の人々は日本が「普通の国」になることを受け入れないのだろうか。ドイツは、ナチスの軍隊に占領された経験を持つ国にもおおむね称賛されているのに、日本と近隣諸国の関係には、どうして歴史が影を落とし続けるのか。

この違いを説明するために、さまざまな説が唱えられてきた。日本について表面的な知識しか持っていない西洋人は(時にはアジア人も)、日本の文化に原因があると思い込んでいる場合が多い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中