最新記事

北朝鮮

北朝鮮の韓国人射殺「責任者」は金与正か?

2020年9月29日(火)13時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金与正が兄・金正恩から防疫対策の指揮を任されていても不思議ではない Luong Thai Linh/Pool/REUTERS

<金与正が新型コロナ対策の「司令官」だとすると、今後この問題で韓国への毒舌が再び火を噴くことも考えられる>

韓国青瓦台(大統領府)は26日、海洋水産省所属の漁業指導船に乗り組んでいた男性が北朝鮮軍に射殺された問題で、北朝鮮側にさらなる調査を要請する方針を明らかにした。

青瓦台は、双方の状況説明に食い違いがあるとし、必要なら合同調査を求める考えを示している。

この問題を巡っては、事件発覚後に与野党含め、北朝鮮の行動を糾弾する声が大きかった。その後、金正恩党委員長が謝罪の意を表明したことで、青瓦台や与党の反応はトーンダウンしているが、野党「国民の力」は金正恩氏の謝罪は誠実ではないと主張し、国際司法裁判所か国連安全保障理事会で本件を処理すべきだと主張している。

韓国政府・与党としても、対応を誤れば世論と北朝鮮の板挟みになりかねないだけに、慎重にことを進めているもようだ。

事件発覚当初、韓国側が強調していたのが、射殺の責任の所在を明確にせよというものだ。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は8月18日、北朝鮮が新型コロナウイルス対策で設置した中央緊急防疫指揮部が格上げされ、中央緊急防疫司令部に名称が変更されたもようだと報じた。司令官には、金正恩党委員長が自ら就任したという。

指揮部が司令部となり、その責任者の肩書が「司令官」ならば、新型コロナウイルス対策の防疫組織が軍隊式の編成に移行したと考えられる。北朝鮮は以前から、新型コロナ対策の防疫ルール違反者には軍法を適用しているとされ、北部国境地帯では、立ち入り禁止区域に入った人が射殺されたとの情報も出ている。今回の韓国人男性のケースも、北朝鮮側としてはルールに準じた行動を取ったということなのかもしれない。

一方、韓国紙・朝鮮日報は8月31日付で、北朝鮮内部の事情に詳しい消息筋の話として、「北朝鮮は海上および国境の封鎖など、コロナウイルスが流入し得るあらゆるルートについて物理的に完全遮断措置を実施している」「金与正がコロナ防疫司令官を務め、指揮を取っている」などと伝えた。

RFAと朝鮮日報の報道には微妙な違いが見られるが、北朝鮮の新型コロナ対策を「司令官」が指揮しているという点では一致している。そして、最近の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長の出世ぶりを踏まえれば、兄から防疫対策の指揮を任されていても不思議ではない。

さらに、韓国に強硬姿勢を示す役どころを考えてみれば、同氏が件の韓国人男性の射殺に対して責任を負うべき立場にいる可能性も小さくはない。

<参考記事:金正恩氏ら兄妹、対北ビラで「不倫関係」暴露され激怒か

今後、この問題がこじれた場合、金与正氏の毒舌が再び火を噴く展開があるのだろうか。

<参考記事:「急に変なこと言わないで!」金正恩氏、妹の猛反発にタジタジ

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

伊プラダ、さらなる買収検討の可能性 アルマーニに関

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と21日会談 ホワ

ワールド

マクロスコープ:日中関係悪化、広がるレアアース懸念

ワールド

アジアのハイテク株急伸、エヌビディア決算でAIバブ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 8
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中