最新記事

米朝関係

「バイデン大統領」の北朝鮮政策、制裁さらに強める可能性

2020年8月26日(水)11時56分

11月の米大統領選で民主党候補のバイデン前副大統領が勝利すれば、トランプ大統領のように、「ちびのロケットマン」と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長を罵倒したり、「ラブレター」のような親書を交わしたり、派手な首脳会談を開催することはなくなるだろう。

バイデン政権になれば、米国の北朝鮮政策は金正恩氏との個人的なつながりを強調するものではなくなり、同盟関係や実務レベルの外交に重きを置くようになる可能性が高いーーこれがバイデン陣営のアドバイザーや元政府当局者の見立てだ。

トランプ氏はこれまでに、再選されれば「すぐに」北朝鮮とディールをまとめると述べている。

しかし北朝鮮の当局者によると、金氏はトランプ氏とはなおも良好な関係にあるが、北朝鮮側としてはトランプ氏が敗北する場合を見据える必要がある。

昨年は、北朝鮮側はバイデン氏の発言を金氏への侮辱と受け止め、バイデン氏は「狂犬病にかかった犬」で、「たたき殺されるべきだ」と非難した。

バイデン氏は今年1月、北朝鮮側からのそうした脅しに言及した上で、前提となる条件が満たされなければ自分は金氏と会わないと述べた。

トランプ氏と金氏は一時、何カ月も脅しとののしりの応酬に明け暮れ、金氏は金氏でトランプ氏を「狂った老いぼれ」と呼ぶなどした。しかし、2018年にはトランプ氏はシンガポールで、現職米大統領としては初めて米朝首脳会談を実現。首脳会談はその後も2回行われ、トランプ氏が「美しい手紙」と呼んだ親書も交わした。しかし、北朝鮮の核兵器問題を巡る膠着は解決できていない。

バイデン氏のアドバイザーの1人はロイターに、「ラブレターの時代」が終わるのは間違いないと話した。

バイデン氏は米ニューヨーク・タイムズ紙に対し、金氏と個人的な親交を自分は続けるつもりはないと表明。そんな顔合わせをしても「中身はない」とし、朝鮮半島の非核化の進展につながる実際的な戦略が伴う場合だけ、会談は行われるべきだと語った。
=====

同盟関係重視へ

バイデン氏のアドバイザーによると、バイデン氏は北朝鮮との外交の扉を閉めるつもりはない。ただ、交渉実務者の権限を強め、同盟国などとの持続的で協調的な取り組みを通じて北朝鮮に非核化の圧力をかけ、そうした方向への転換を促すという。一方で、現在の米外交政策に欠けている、北朝鮮による人権蹂躙への目配りも重視するとしている。

バイデン氏はオバマ前政権の副大統領。バイデン氏の北朝鮮政策の一部は、オバマ政権時代の「戦略的忍耐」に似たものになる可能性が高い。北朝鮮の孤立化を図り、北朝鮮が挑発してきても外交的な見返りは一切与えないという政策だ。

韓国大統領府の元外交政策高官で、バイデン氏の側近と一緒に仕事をした経験のあるチャン・ホジン氏は「バイデン氏陣営のアドバイザーの多くは、以前の戦略的忍耐チームの出身者だ。彼らは同盟関係を重視し、北朝鮮政策を含め外交政策では正統的なアプローチを取る」と指摘する。バイデン政権になれば北朝鮮は、トランプ氏が突然に持ち出すような軍事行動の懸念に直面しないが、代わって「ねじを巻かれる」可能性が高いという。

一方、バイデン氏が同盟国と緊密に協調していくと約束していることは、韓国の文在寅大統領にとっては戦略が複雑化する可能性がある。文氏は北朝鮮の関与強化と対北朝鮮制裁の緩和に向けて圧力をかける一方、北朝鮮の人権問題は軽視しているからだ。韓国の牙山政策研究所のジェームズ・キム主任研究員は、バイデン氏の戦略は「韓国との不協和音をもたらしかねない」と指摘した。

北朝鮮は挑発行動か

バイデン氏が副大統領だった時代に比べ、金氏は軍事能力を飛躍的に発展させている。これまでで最大級の核爆弾や、米国の全域を射程に収めるミサイルの実験にも成功している。

かつて北朝鮮との交渉を担当したエバンス・リビア氏によると、バイデン政権になれば軍備管理派の意見が強まる可能性が高く、彼らは北朝鮮が今や核兵器の保有国になっているとの考えを受け入れるときだと主張するだろうという。ただ、そうしたアプローチを取れば、実質的に北朝鮮が長く目標としてきた核兵器国としての地位を固めることを許すことになり、バイデン氏が強硬姿勢を強めることが確実な以上、北朝鮮側からの反撃を誘う可能性が高いとも話す。

リビア氏は「バイデン氏が11月に勝てば、北朝鮮は年内に劇的な措置に踏み切ることが予想できる。恐らくは核実験か大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験で、それによってバイデン新政権が現行路線から決別しないよう警告してくる」とした。

元中央情報局(CIA)分析官で、現在はブルッキングス研究所に勤務するジュン・パク氏は、バイデン氏陣営に非公式に助言を与える立場。同氏は、どんな北朝鮮側の挑発もバイデン政権にとっては利用できるとの見方だ。「核実験であれICBMの実験であれ、バイデン新政権にとっては、金正恩体制の脅威に脚光を当て、一貫した北朝鮮政策に基づいて米国が同盟国とコンセンサスや合意醸成を図れるチャンスになる」。つまり、「絶好の危機」をみすみす無駄にするな、ということだという。

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【関連記事】
・米ウィスコンシン州、警官が黒人男性に発砲し重体 抗議活動で外出禁止令
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず
・中国からの「謎の種」、播いたら生えてきたのは......?


20200901issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EUの「ドローンの壁」構想、欧州全域に拡大へ=関係

ビジネス

ロシアの石油輸出収入、9月も減少 無人機攻撃で処理

ワールド

イスラエル軍がガザで発砲、少なくとも6人死亡

ビジネス

日銀、ETFの売却開始へ信託銀を公募 11月に入札
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 8
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中