最新記事

Black Lives Matter

日本人が知らない、アメリカ黒人社会がいま望んでいること

WHERE DO WE GO FROM HERE?

2020年7月15日(水)17時05分
ウェスリー・ラウリー(ジャーナリスト、元ワシントン・ポスト警察司法担当記者)

ヒューストンの第3区にある建物の壁に設けられたフロイドの追悼の場で祈る JOE RAEDLE/GETTY IMAGES

<BLM運動が起こり、「構造的差別」に対するアメリカ社会の意識が変わり始めた。日本まではなかなか伝わってこない黒人社会の慟哭を、ピュリツァー賞受賞ジャーナリストが長編ルポで描く。本誌「Black Lives Matter」特集より>

その日、米テキサス州ヒューストン選出の連邦下院議員アル・グリーン(民主党)は、ヒューストンで開かれたジョージ・フロイド(46)の告別式会場の最前列で自身がスピーチする番を待っていた。フロイドは、今年5月25日にミネソタ州ミネアポリスで首を白人警官の膝で押さえられ、無念の窒息死を遂げた男性。グリーンの地元で生まれ育ち、愛され、尊敬されていた同じ黒人男性だ。
20200707issue_cover200.jpg
フロイドが息絶えるまでの9分間の動画(一般市民が携帯電話で撮影したものだ)は、今やメディアを通じて世界中に拡散している。グリーンも、最初はそれを自宅のリビングにあるテレビで見た。

6月9日、故郷に運ばれたフロイドの遺体は3度目にして最後の告別式会場にあった。埋葬の前に一言、とグリーンは頼まれていた。当然、弔辞は前の晩から用意していた。しかし教会の牧師の言葉を聞いて、心が動いた。

牧師は言った。今は新型コロナウイルスが猛威を振るっています、みなさんもソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保ち、ちゃんとマスクで口と鼻を覆ってください、よろしいですか、失われていい命などひとつもないのです、と。

これ以上、誰も死なせてはいけない。その言葉がグリーンの胸に響いた。だから、準備していたスピーチ原稿を破り捨てた。

黒人の活動家やその支持者たちは長年、刑事司法制度の全面改革などを要求してきたが、実現した改革は断片的なものばかりだった。だが今回、フロイドの絶命映像がアメリカ人に与えた衝撃は計り知れない。白人でさえ、今は半数以上がこの国の警察活動には何らかの構造的な不公平さがあると考えている。小手先の改革では済まない。この先、この国はどこへ向かっていけばいいのか。

magSR20200715wheredowego-2.jpg

フロイドの葬儀で弔辞を述べるアル・グリーン下院議員 DAVID J. PHILLIP-POOL/GETTY IMAGES

それはグリーン自身が何年も前から問い続けてきた問いだ。彼が全米黒人地位向上協会(NAACP)のヒューストン支部長を務めていた時期だけでも、少なくとも6人の黒人が警官に殺されていた。やりきれない。しかし今、機は熟したのではないか。「今度のBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動で社会の意識が変わり始めた」。グリーンはそう思った。

だから壇上に呼ばれたとき、こう言った。「失われていい命など、私たちにはひとつもない。ジョージ・フロイドに罪はあったか。黒人であること。それが彼の罪とされた」

そして心に秘めてきた壮大な提案を口にした。今こそ連邦政府に「和解省」を設置し、黒人と白人の垣根を取り払おうと。

「これは義務だ。私たちの責任と義務だ。このままで終わらせてはいけない。私たちは奴隷制を乗り越え、人種隔離も乗り越えてきた。しかし和解はしていない。そのせいで今も忌まわしい差別に苦しんでいる。今こそ和解の時だ」

後日、ノートパソコンの前に座ってビデオ会議が始まるのを待っていたときも、グリーンの重い言葉は私の耳に響いていた。黒人議員連盟の企画した警察改革についての討論会があって、私も黒人活動家の一人として参加を求められていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、26年投資計画発表 420億ドル規模の「二大

ワールド

ロシアの対欧州ガス輸出、パイプライン経由は今年44

ビジネス

スウェーデン中銀、26年中は政策金利を1.75%に

ビジネス

中国、来年はより積極的なマクロ政策推進へ 習主席が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中