最新記事

北朝鮮

金正恩の「拷問部隊」にイギリスが下した鉄槌

2020年7月9日(木)15時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩が過去に犯した膨大な人権侵害は、いま態度を改めても完全に帳消しにはならない KCNA-REUTERS

<金正恩にとってより悩ましいのは、非核化を求める経済制裁よりも人権侵害に対する追及>

イギリス政府は6日、北朝鮮やロシア、ミャンマー、サウジアラビアの計47人と2つの機関を制裁対象に指定した。世界各地での深刻な人権侵害に対処するため、新たに設けられた独自の制度によるもので、ラーブ外相は下院で、この制度に基づき「最悪の人権侵害」に関与した機関と個人に制裁を加えられるようになったと強調した。

この新たな取り組みに北朝鮮が含められたことを、大いに歓迎したい。

今回、制裁指定された2つの機関はいずれも北朝鮮のもので、秘密警察である国家保衛省第7局と、警察庁に当たる人民保安省(現社会安全省)教化局である。米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)によれば、ラーブ外相はこれらについて次のように語った。

「過去50年以上にわたり、数十万人の収監者が残酷に死んでいったと推定される北朝鮮の悲惨な政治犯収容所で、日々起きている奴隷化、拷問、殺人に責任がある」

<参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

イギリスはこれまで、国連やEUの一員として他の加盟国などと協調して制裁を科すのが一般的だったが、EU離脱を機に、人権や国際規範の擁護者としての立場を国内外にアピールする狙いが、この制度には込められているとされる。

そのような取り組みで北朝鮮の政治犯収容所がターゲットにされるのは、北朝鮮に変化を促す上で非常に重要なことであると筆者は考える。

国際社会の関心は北朝鮮の人権問題よりも核兵器開発に向いているが、金正恩氏にとってより悩ましいのは、非核化を求める経済制裁よりも、人権侵害に対する追及だろう。制裁は、金正恩氏が核を放棄すれば終わる。しかし過去に犯した膨大な人権侵害は、いま態度を改めるからと言って完全に帳消しにはならない。

また、非核化交渉で対米関係を改善するなどすれば、核兵器がなくても体制は維持できるかもしれない。しかし、政治犯収容所に象徴される恐怖政治を放棄すれば、金氏一族による世襲独裁はいつまでも続かないだろう。

つまり、国際社会が北朝鮮で起こるよう仕向けるべき本当に重要な変化とは、核放棄よりもむしろ人権侵害が止まることであり、そうなれば民主化の道筋が見えてくるはずなのだ。そして、核武装のための孤立より国際協調下での繁栄を望む声が北朝鮮国内で大きくなれば、より確実な非核化も見えてくるのである。

<参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米FRB、「ストレステスト」改正案承認 透明性向上

ワールド

東ティモール、ASEAN加盟 11カ国目

ワールド

米、ロシアへの追加制裁準備 欧州にも圧力強化望む=

ワールド

「私のこともよく認識」と高市首相、トランプ大統領と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任務戦闘艦を進水 
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中