最新記事
ロシア

プーチンの闇に深く切り込むドキュメンタリー『市民K』

A Cautionary Tale

2020年1月4日(土)15時10分
デービッド・ブレナン

プーチンは恐るべき政治力で権力の座にとどまってきた Evgenia Novozhenina-REUTERS

<政権を批判したオリガルヒの失墜と再起を軸に、トランプのアメリカと重なるロシアの腐敗をあぶり出す力作>

アレックス・ギブニー監督は、個人や組織の権力乱用をテーマに世界各地で多くのドキュメタリーを撮ってきた。新作『市民K(Citizen K)』は、ソ連崩壊後のロシア政府の実態を探った力作だ。19年11月下旬からアメリカで公開されている。

映画はミハイル・ホドルコフスキーの成功と失墜、そして一応の再起に至る軌跡をたどる。ホドルコフスキーは、ソ連の共産党政権崩壊後の混乱に乗じて国家の資産を私物化し、財を成したオリガルヒ(新興財閥)の中でも最も成功し、権勢を誇った連中の1人だった。

だが彼は新たに現れた出世頭と衝突する。それは無名のKGB工作員から政権トップに上り詰めた男――ソ連崩壊後に成立したロシア連邦の初代大統領ボリス・エリツィンに後継者指名され、自らの時代を切り開いたウラジーミル・プーチンその人だ。

プーチン政権の腐敗を批判したホドルコフスキーは、自らが経営する石油会社ユコスに絡んだ複数の容疑で逮捕され有罪となり、10年間刑務所暮らしをした。2014年のソチ冬季五輪を前に13年、プーチンの恩赦で釈放され、現在はロンドンで亡命生活を送っている。今も莫大な個人資産を保有しているとみられ、反プーチン派の運動に資金援助を行っている。

映画公開前に本誌はギブニーに取材し、ドキュメンタリーの制作を通じてプーチンのロシアに対する認識がどう深まり、ひいてはドナルド・トランプ大統領時代のアメリカ政治をどう評価するようになったか話を聞いた。

権力欲に取りつかれて

映画の導入部ではエリツィン時代の混乱した政治状況が描かれる。規制緩和と民営化でまんまと基幹産業を手に入れたオリガルヒは、政権に強大な影響力を及ぼすようになった。ロシア連邦初期の歴史は「警告の物語」だと、ギブニーは言う。国家が「無規制の資本主義」に走り、強権的な指導者が求められるようになったらどうなるかを示しているからだ。

当時多くのロシア人は、市場経済に移行すればすぐにも生活が豊かになると信じ、ソ連時代の手厚い福祉を失うことなど予想していなかった。結局のところ、自由化の恩恵を受けたのは少数の特権階級だけで、平均的なロシア人は移行期の経済の大混乱に耐えてその日その日を生きるのに精いっぱいだった。

エリツィンは健康悪化と支持率低下に苦しんだが、共産党の復権を恐れるオリガルヒが巨額の資金を提供し、96年の大統領選でどうにか再選を果たした。だが力尽きたエリツィンは99年に辞任。プーチン時代が幕を開ける。

プーチンは大統領の任期制限のために首相として実権を握った時期も含め、既に20年余り大国ロシアの政権トップに居座り続けている。

恐るべき政治力で権力の座にとどまってきたのは、富を貪るためや思想信条のためではなく、権力そのものへの異常な執着心からにほかならない、とギブニーはみる。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏新首相にルコルニュ国防相を指名=大統領府

ビジネス

米雇用創出、91万人下方修正 3月までの1年間=労

ワールド

イスラエルがハマス幹部狙い攻撃、5人死亡か カター

ワールド

ロシアがウクライナ東部空爆、年金受給者24人死亡 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒否した母親、医師の予想を超えた出産を語る
  • 3
    富裕層のトランプ離れが加速──関税政策で支持率が最低に
  • 4
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 5
    もはやアメリカは「内戦」状態...トランプ政権とデモ…
  • 6
    ドイツAfD候補者6人が急死...州選挙直前の相次ぐ死に…
  • 7
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 8
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 9
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 10
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中