最新記事

シリア

アメリカに見捨てられたISIS掃討戦の英雄たち

After ISIS

2019年7月12日(金)11時48分
ケネス・ローゼン(ジャーナリスト)


magw190416-kurd02.jpg

ISISの敗北が宣言された式典で写真を撮るSDFの兵士 CHRIS MCGRATH/GETTY IMAGES

クルド人が大国の意向に振り回されるのは今に始まった話ではない。オスマン帝国時代には、今日のイラク北部(シリアのロジャバ地方のすぐ東)で石油資源が発見されるまで、クルド人の存在はほぼ無視されていた。

第一次大戦後にはイギリスによる軽率な線引きでクルド人は置き去りにされた。

最も厳しいのはトルコ国内の状況だ。自治権を求めるクルド労働者党(PKK)は一貫して武装闘争を展開しているが、アメリカもEUも同党をテロ組織と認定している。

だが「アラブの春」とシリア内戦を受けて敵味方の区別が曖昧になった。やがて誰もが敵視したのがISISだ。イラクとシリアの不安定な状況に付け込んで、彼らは一時イギリスの面積ほどの地域を支配した。

そこで戦いの先頭に立ったのがYPGだ。アメリカは14年にYPGへの武器供与と空爆による支援を決めた。顧問的な立場で米兵も送り込んだ。

しかし米兵の立場は明確さを欠いていた。そもそも制服に所属部隊の記章を着けていないし、国連のお墨付きもない。米議会が進駐を認めたわけでもないが、なぜかシリア北部のクルド人地域には米軍基地ができた。

ただしアメリカにとって、駐留継続の負担は大きい。米兵の命が危険にさらされるだけではない。終わりの見えない紛争に大金を注ぎ込むことになる。

アフガニスタンのように状況が悪化するリスクもある。あの国では、まともな和平協議に向けた動きが出るまでに20年近くも要した。それに、当該国政府の同意なしに米軍を駐留させるのは植民地支配に等しい。

トランプはこうした事情を聞いた上で、「出ていく」という言い方で撤収を表明した。その唐突な宣言は、クルド人のみならず、トランプ政権の幹部にも衝撃を与えた。ジェームズ・マティス国防長官(当時)や、対ISIS有志国連合で調整役を担っていた特使が辞任した。

やがてトランプは国際社会の反発を受けて翻意し、兵力約400の「平和維持」部隊を残すという妥協策を示した。シリア内戦でアサド政権を援護するイランに対抗し、トルコ・シリアの国境地帯でクルド人の「安全地帯」を守るためだ。

米軍に対する感情は複雑

SDF(アメリカの資金援助で現有勢力は推定6万人)にとってもアメリカの対テロ戦にとっても、米軍の駐留継続は必要だと考える専門家もいる。

18年にシリア北西部のクルド人支配地域にトルコ軍が侵攻したとき、SDFは応戦に追われ、間隙を突いてISISが戻ってきた。今のSDFに、2つの敵と同時に戦う力はない。

「米軍が明日消えたらSDFは崩壊するだろう」と言うのは、戦略国際研究センターで多国間脅威プロジェクトを担当するマックス・マークセンだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏がイラン大統領と電話会談、全ての当事者に

ビジネス

ECB、大きな衝撃なければ近く利下げ 物価予想通り

ビジネス

英利下げ視野も時期は明言できず=中銀次期副総裁

ビジネス

モルガンS、第1四半期利益が予想上回る 投資銀行業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中