最新記事

動物

銃弾74発浴びたオランウータン容体安定 生息地ダム計画、環境団体が再提訴と中国銀行に交渉呼びかけ

2019年3月21日(木)20時45分
大塚智彦(PanAsiaNews)

タパヌリ・オランウータンの生息地に危機

スマトラ島北部ではこの治療中のホープのほかに、2017年に新種として確認された北スマトラ州タパヌリ地方に生息する固有種「タパヌリ・オランウータン」のエコシステムに影響を与えかねない水力発電所「バタントルダム」建設計画という問題がある。

インドネシア最大の環境保護団体「ワルヒ(インドネシア環境フォーラム)」は、ダム建設中止を求めた請求が3月4日にメダンの州裁判所で却下されたことを受けて、3月14日までにさらに上級の裁判所に提訴したことを明らかにした。

「ワルヒ」は「あらゆる法的手段を講じてダム建設計画を中止に追い込む」としており、今後も法的手段をフル活用していく方針という。

3月1日には北スマトラ州メダンにある中国領事館前でオランウータンの着ぐるみを着るなどした環境活動家らがダム建設反対の抗議デモを行うなど、ダム建設反対の機運は盛り上がりをみせている。

しかし、インドネシア側の建設企業「スマトラ水力エネルギー会社」は「ダム建設はオランウータンのエコシステムに影響を与えない」との姿勢を崩していない。

このため「ワルヒ」はダム建設計画の主要な資金提供者である「中国銀行」に対して、協議申し込みを行っている。

ワルヒ関係者によると中国銀行は2018年に、環境保護に関して「調査する」と約束したもののこれまで調査結果に関して一切伝えてきていない状況という。

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によると、中国銀行は3月4日にウェブサイトに「水力ダム計画に関して環境団体が示している関心に留意する。我々は地元の法律や規則に従ってビジネスを展開することが重要であると考える」という趣旨のコメントを掲載。環境問題への理解を表明しながらも計画を見直す考えのないことを示唆した。

オランウータンを取り巻く厳しい環境

新種であることが確認された「タパヌリ・オランウータン」はその個体数が約800と少なく、他の「スマトラ・オランウータン」「ボルネオ・オランウータン」と並んで絶滅の危険に瀕している人間に最も近いとされる大型類人猿である。その生息する北スマトラ州タパヌリ地方で進む中国の銀行資本を背景にしたダム建設計画は、「タパヌリ・オランウータン」の生息環境、エコシステムへの深刻な影響が懸念されるとしている。

一方、「スマトラ・オランウータン」のホープはプランテーションの労働者に空気銃弾74発を撃たれ、ともに逃げていた子供(生後1カ月ぐらい)は栄養失調で保護直後に死亡したが、プランテーション周辺に姿を現したのは開発や森林火災などが原因でジャングル内のエサの不足や生活環境が変化したためとみられている。

オランウータンを取り巻くこうした厳しい環境に対してこれまでインドネシア政府は何ら有効な手立てを講じることがきていないのが現状だ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英小売売上高、3月は前月比横ばい インフレ鈍化でも

ビジネス

日産、24年3月期業績予想を下方修正 中国低迷など

ビジネス

TSMC株が6.7%急落、半導体市場の見通し引き下

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中