最新記事

人権問題

バンコクで不明のベトナム人権活動家、タイ当局捜査開始 人権問題めぐり国際社会の批判を危惧?

2019年2月12日(火)17時15分
大塚智彦(PanAsiaNews)


「東南アジアの報道同盟がナット氏の行方不明について伝えている」と紹介するベトナムのメディア VIETLIVE.TV / YouTube

入国記録なしとタイ入管当局

ナット氏の捜査に乗り出す方針を示したタイ入管当局は「ナット氏のタイへの正式な入国記録はない。しかしその行方については捜査することとし、関係部署に指示を出した」と主張している。

その一方でナット氏を拉致、連行したとみられるベトナム人関係者の出入国記録に関しては特に言及しないなど、タイ政府がどこまで真剣にナット氏の捜査に取り組むのか疑問視する声も出始めている。

タイ政府や入管当局は1月に身の危険を理由に第3国への亡命を求めるサウジアラビア人女性をサウジ当局の要請に基づいて強制送還しようとしたところ、国際的な批判を浴びた。最終的に受け入れを表明したカナダに難民として渡航させて「人権への配慮」を内外に示した。

さらに当局からの訴追を逃れ、オーストラリアへの難民移送を希望するバーレーン国籍のサッカー選手ハキーム・アライビに対しても、その身柄の処遇を巡って同様にバーレーン当局の送還要求、国際社会と豪政府からの「解放」要求の狭間で揺れる事態となっていた。

このサッカー選手はバーレーン政府が送還要求を取り下げたために2月11日に自由の身となることが決まったが、こうした一連の人権問題に関するタイへの国際社会の関心が、ナット氏の捜査開始決定の背景にはあるとの見方が有力だ。

米国務省も声明を出して関心示す

こうしたタイ当局の動きに呼応するかのように、米国務省は2月8日に「我々は状況を強い関心を持って注視している」との声明を出してタイ政府の動きを歓迎する姿勢を示している。さらに声明では「報道の自由は政治の透明性、信頼性の基本である。ジャーナリストはしばしば大きな危険を伴う仕事をしなければならないが、その身の保護を国際社会に訴えることは市民や政府の義務でもある」としてナット氏の行方捜索に加えてベトナム政府にも保護を求めている。

アムネスティでは「ベトナム当局はナット氏の追跡情報を持っているはずであり、タイ捜査当局はそのベトナム当局の情報を共有して捜索を行うべきである」としているが、これまでのところベトナム当局はナット氏の消息に関しては一切情報を出していない。

人権団体「ヒューマンライト・ウォッチ」のアジア担当、フィル・ロバートソン氏はロイター通信に対し「ナット氏はUNHCRへの難民申請が目的でタイに来た。それ(難民申請)を望まない組織や人物があったということであり、タイ当局は迅速な捜査を実施するべきである」としている。

地元紙「バンコク・ポスト」などによるとバンコクのUNHCR事務所は「個別事案に関してはコメントしない」とナット氏の難民申請の事実関係の確認を避けている。

2月27,28日にはベトナムの首都ハノイで第2回目の米朝首脳会議が予定されており、トランプ大統領を迎えるベトナム政府に対して、ナット氏の問題にどう対応するのか注目が集まっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 台湾有事 そのとき世界は、日本は
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月26日号(8月19日発売)は「台湾有事 そのとき世界は、日本は」特集。中国の圧力とアメリカの「変心」に強まる台湾の危機感。東アジア最大のリスクを考える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク、不可欠でない職種で採用凍結 競争

ワールド

ウクライナ南部ガス施設に攻撃、冬に向けロシアがエネ

ワールド

習主席、チベット訪問 就任後2度目 記念行事出席へ

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の過半数が支持=ロイター
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中