最新記事

麻薬戦争

メキシコ大統領の麻薬戦争終結宣言の裏に何があるのか──麻薬王裁判が大詰め

2019年2月5日(火)14時30分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

「麻薬カルテルのドンを逮捕するという直接対決は行なわない」と宣言したロペスオブラドール大統領 Edgard Garrido-REUTERS

<麻薬組織の暗躍により、最悪な治安状態が続くメキシコ。2018年の殺人件数は3.3万人と、過去最悪を記録した。そんな中、非暴力による治安回復を公約に掲げるロペスオブラドール新大統領が先週、「麻薬戦争の終結」を宣言。今後は、麻薬カルテルのドンを逮捕するという直接対決は行なわないと述べた。一方、メキシコからの麻薬密輸によりドラッグ汚染が蔓延する隣国アメリカでは、世界最大の麻薬カルテルのドン、「エル・チャポ」ことホアキン・グスマンの裁判が大詰めを迎えている。メキシコの政治家の多くは麻薬カルテルからの賄賂で骨抜きにされているというが、「エル・チャポ」の贈賄先にはロペスオブラドール大統領の元側近の存在も挙がる。麻薬戦争終結宣言の裏に、何があるのだろうか──>

現大統領は非暴力による「メキシコ革命」を提唱

長年中道右派と中道左派の2大政党の支配が続いたメキシコでは、昨年7月の総選挙で、新興左派政党「国家再生運動(MORENA)」を率いた元メキシコシティ市長のアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏が歴史的な勝利を上げた。治安悪化に苦しむ民衆が、フレッシュなリーダーによる抜本的な改革に期待した結果、得票率53%という大差での勝利となり、メディアには「新メキシコ革命」の見出しも踊った。

前任のペニャニエト大統領は、軍を投入して麻薬組織の首謀者たちを逮捕、時には射殺も辞さないという強硬路線を敷いたが、データが示す限り、それが犯罪率の低下に結びついたとは言えない。ちなみに、「エル・チャポ」は、逮捕・脱獄を繰り返した末にペニャニエト政権時代の2017年1月に、「オバマ前大統領への送別祝い」として、米側に身柄を引き渡されている。

12月に就任したロペスオブラドール大統領は、3年以内に凶悪犯罪を30-50%減らし、6年の任期でOECD諸国平均レベルまで犯罪率を下げるとしている。ただし、その手法は前任者とは正反対で、"非暴力"によってそれを達成すると唱えている。具体的には、麻薬犯罪に手を染めざるを得ない貧困層の若者たちへの奨学金支給を含めた教育・就労支援などを実施し、社会構造を抜本的に変えるというものだ。

「もう麻薬王を逮捕しない」

ロペスオブラドール大統領は1月30日、上記の政策の遂行を裏付ける形で、「麻薬戦争の終結」を宣言した。メキシコシティで行なわれた記者会見で、「就任から現在までに麻薬王を1人でも逮捕したか?」と記者に問われ、「戦争などない。公式に、もはや戦争はない。我々は平和を望んでおり、平和を実現しようとしている」と答えた(AFP)。

続けて、同大統領は、政府の目的は麻薬王の逮捕ではなく、あくまで「治安の回復と1日当たりの殺人件数の減少」だと述べた。さらに、「これからは、麻薬王たちは、逮捕されることはない。それが、我々の戦略ではないからだ。麻薬王たちに武装部隊を差し向けることは考えていない」とも述べた。

この発言の背景には、前々政権時代の2006年から始まった政府vs麻薬カルテルの戦争の結果がある。この10年余り、政府は麻薬カルテルのアジトに軍を差し向け、激しい銃撃戦の末に麻薬王たちを次々と逮捕してきた。しかし、それが組織の分裂を招き、かえって組織同士の抗争を激化させて多数の市民を巻き込む結果になったという批判がある。実際、各種データによれば、凶悪犯罪件数は増加の一途をたどっている。ただ、ロペスオブラドール氏の「福祉と教育による改革」にも、実効性を疑問視する声は多い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

SBG「ビジョン・ファンド」、2割レイオフへ AI

ビジネス

三井住友FG、米ジェフリーズへ追加出資で最終調整=

ワールド

EU、ロシア産LNGの輸入禁止前倒し案を協議

ワールド

米最高裁、トランプ関税巡る訴訟で11月5日に口頭弁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中