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寄せ集めコラージュで「優等生国家」スイスの仮面を剥がす

The Heidi Chronicles

2019年1月22日(火)17時30分
メアリー・ケイ・シリング

『ザ・パック』スイスの旗の前に並ぶ3台のオートバイはバチカンとローマ法王を警護するスイス衛兵隊を象徴 (c)TOM SACHS, PHOTO BY GENEVIEVE HANSON, COURTESY TOM SACHS STUDIO AND VITO SCHNABEL GALLERY

<「ブリコラージュ」の鬼才トム・サックスがエスプリを利かせてスイスの実像をさらす展覧会を開催中>

ニューヨーク生まれのトム・サックスが初めてスイスを訪れたのは16歳か17歳のときだ。

「スイスの精密さと清潔さに、自然の美の広大さに、深い感銘を受けた。一方で、それは幻想でもある。自然は野蛮で暴力的で、死とカオスに支配されている。スイスでは自然の暴力性が人間によって緩和され、手を入れられ、洗練されている」

自然が明らかに崇拝されている一方で、世界の破壊を招くリスクをはらむ「素粒子物理学に、莫大な資源をつぎ込む国でもある」と、サックスは続ける。

コンセプチュアル・アーティストのサックスは30年以上にわたり、「世界をありのままに再現するのではなく、あるべき姿に再現するという欲望」に芸術をささげてきた。

彼の特徴であるブリコラージュという手法は、寄せ集めた素材に本来とは違う目的を与え、新しいものを再構築する。機知に富んだ解釈を施した精巧な作品には、消費主義や暴力、文化的アイコン、社会システムに向けた皮肉たっぷりのメッセージが込められている。

12年にニューヨークで開催した『スペースプログラム:火星』展は、NASAの宇宙探査プロジェクトを再現。管制センターのやりとりや、ベニヤ板で作った実物大の宇宙船操縦室での打ち上げ風景を実演した。宇宙飛行士役がゲーム機のジョイスティックを操縦しながら悪戦苦闘する姿を、観客は本物の打ち上げさながらに見守った。

最新の展覧会『ザ・パック』(スイス南東部サンモリッツのビト・シュナーベル・ギャラリーで2月3日まで開催中)は、スイスという理想化されたブランドや、『アルプスの少女ハイジ』などに代表されるイメージの矛盾を突く。

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トム・サックスの精巧な作品は象徴的なアイコンがユーモラスなメッセージを語りだす Mario Sorrenti

永世中立国に究極の皮肉

世界最強の銀行を擁し、赤十字誕生の地にして永世中立国であり、人道主義の手本。まさに完璧な国、それがスイスなのか。あるいは腐敗した自己中心的な権力は、思われているほどの寛容を持ってはいないのだろうか。

「スイスをバッシングするのではなく、あらゆる面をまとめて理解しようとしている」とサックスは語る。だが作品は明らかに、貧困と不正義によって引き裂かれた世界において、ユートピアと思われているスイスの愚かさを揶揄している。

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