最新記事

シリア情勢

シリアの塩素ガス使用疑惑は、欧米諸国の無力を再確認させる

2018年4月9日(月)20時06分
青山弘之(東京外国語大学教授)

両陣営による非難の応酬は、これまでの化学兵器・塩素ガス使用疑惑事件と同じように、二つのストーリーを成立させた。

第1のストーリーは、反体制派や「市民」に屈服を強いる(ないしは根絶する)ため、シリア軍が塩素ガスを使用したというものだ。このストーリーにおいて、シリアやロシアの政府やメディアが、攻撃に先立って「反体制派は欧米諸国の介入を促すため、シリア軍による化学兵器使用の事実を捏造しようとしている」と繰り返してきたことは、犯行に向けた周到な準備とみなされた。また、ハーン・シャイフーン市での化学兵器使用疑惑事件と米軍によるミサイル攻撃から約1年後というタイミングについては、欧米諸国が実効的な対応策を講じられないであろうことを見越して、その無力を嘲笑するために「復讐した」などと解釈された。

第2のストーリーは、反体制派が劣勢を打開するために自作自演したというものだ。根拠は、圧倒的な優位に立つシリア軍が、欧米諸国の干渉を招きかねない塩素ガス使用に踏み切るはずないというものだった。また、退去を続ける住民を「人間の盾」として繋ぎ止められなくなった反体制派が、彼らを「処分」することで、国際社会から支持と同情を得ようとしたとの極論も散見された。事件発生のタイミングについても、ハーン・シャイフーン市での一件から1年を迎え、欧米諸国でシリア情勢への関心が高まることに合わせたものだと解釈された。

シリアで得た利権維持に腐心する欧米諸国

真実は一つしかない。だが、それに歴史的通説とするのは、勝者であるロシアやシリア政府の論理と、反体制派の悲痛な声を真摯に受け止めることを期待されていた当事者である欧米諸国の対応だ。

事件発生を受け、ドナルド・トランプ米大統領は、シリア政府、そしてロシア、イランが「大きな代償」を払うだろうと脅迫、ホワイト・ハウスのトーマス・ボサート国土安全保障対テロ担当補佐官も「ミサイル攻撃を行う可能性を排除しない」と強気の姿勢を示した。

だが、シリア軍による化学兵器・塩素ガス使用疑惑が今年に入って何度も取りざたされてきたにもかかわらず、対抗措置が「検討中」であり続けたことは、米国のやる気のなさを示していた。それは、化学兵器使用をレッド・ラインと位置づけ、軍事介入を示唆しておきながら、攻撃に踏み切らなかったバラク・オバマ前政権と何ら変わらなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

全米で反トランプ氏デモ、「王はいらない」 数百万人

ビジネス

アングル:中国の飲食店がシンガポールに殺到、海外展

ワールド

焦点:なぜ欧州は年金制度の「ブラックホール」と向き

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中