最新記事

BOOKS

東京新聞・望月記者はなぜ政府会見を「主戦場」に変えたか

2017年11月1日(水)18時23分
深田政彦(本誌記者)

東京新聞の望月衣塑子記者と激しいやり取りを交わした菅義偉官房長官 Toru Hanai-REUTERS

<加計問題などを巡る官邸会見での攻防で注目された、東京新聞社会部の望月衣塑子記者。大仰な書名の自叙伝『新聞記者』がさらけ出すものは>

流行狙いの新書が大の苦手だ。はやりのキャスターや評論家、タレントによる薄手の本が粗製乱造され、書店を占拠し、あっという間に絶版でゴミとなる。編集者としてこうした自転車操業の現場を見てきた苦い記憶もあり、「売れ筋」本コーナーに足を運ぶこともめっきり減った。

東京新聞の望月衣塑子記者が書いた『新聞記者』(角川新書)にも当初は食指が動かなかった。著者が注目されたのは加計問題をめぐり、官邸会見に臨んだ6月のこと。質問は簡潔に、という官邸スタッフの注意を振り切り質問を重ね、従来数分で終わるはずの会見は30分以上もの攻防と化した。著者と菅義偉官房長官との感情を交えたやり取りはテレビやネットで拡散し、望月記者は一躍時の人となった。

『新聞記者』が刊行されたのは、そのわずか数カ月後。「官邸会見で切り込む記者として話題!」という赤字を添えて、著者の写真を使った帯が表紙の大半を占める装丁からも出版社の野心が垣間見える。

私自身は、会見での長時間の追及をむやみに称賛する風潮に乗れなかった。重要なのは日頃の地道な取材による事実の発掘であり、公式会見は取材の「主戦場」ではない。そうした考えから、官邸会見の舞台裏が描かれた本が『新聞記者』と大上段に名付けられていることにも違和感があった。

だが読み始めてすぐ、こうした偏見は消えた。単なる流行狙いなら、目次の前半に官邸会見の舞台裏を置き、著者の生い立ちは後ろに置かれるだろう。だがこの本では今に至るまでの40数年間の生い立ちが描かれ、官邸会見の話に移るのは221ページの本の142ページになってから。

そこに至るまでに描かれるのは、著者が社会部記者としていかに地道な取材を重ねて事実を発掘し、スクープをものにしてきたかということだ。県警幹部との毎朝5時のジョギング、東京地検特捜部幹部への怒りの電話、全国紙でなくブロック紙、あるいは女性ゆえの苦労......。他社からの引き抜きの誘い、特捜部の事情聴取と内勤への不本意な異動、会食やハイヤーなど経費の使い過ぎで会社から注意を受けたことなども率直に記され、生々しい。

こうした地道な取材経験を経てきた著者にとって、会見での激しい攻防は一部のネットジャーナリズムにありがちな受け狙いではあり得ない。会見という空疎な場を「主戦場」に変える戦略だということに気付く。

自分の雑誌での取材経験を振り返っても、政府や霞が関は取材者にとって厄介な対象だ。優秀な官僚たちは極めて巧みに質問をかわし、たらい回しにし、回答を引き延ばす。取材現場の秩序を保つのは新聞やテレビの記者クラブだ。そうした経験を経るうちに、新聞記者は政府への取材とはこういうものだと順応してしまう。いつしか取材は会見の政府幹部の発言をパソコンで速記するだけというルーチンとなってしまう。

そんな会見という名の儀式を戦場にしてしまう著者の存在は、さっさとルーチンを済ませたい政治記者にとってさぞ煩わしいことだろう。『新聞記者』という一見大仰な書名がさらけ出すのは著者の記者像だけでなく、むしろ著者にいら立つ大多数の新聞記者の姿なのかもしれない。

webbookreview171101-b.jpg
『新聞記者』
 望月衣塑子 著
 角川新書

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレなおリスク、金利据え置き望ましい=米アトラ

ビジネス

トヨタ、米に今後5年で最大100億ドル追加投資へ

ワールド

ウクライナ・エネ相が辞任、司法相は職務停止 大規模

ワールド

ウクライナ・エネ相が辞任、司法相は職務停止 大規模
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 3
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中